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西澤上飛曹の神業操縦2009年01月14日 08時05分47秒

マフラーは白がいい、ひげもない方がいい
西澤さんがいかにすごい零戦乗りだったかというエピソード紹介。

吉田一さんの『サムライ零戦記者』に出てくる話です。

『彼の空戦エピソードはいくらもあったが、私が直接、彼の列機の搭乗員から聞いた話を1つご披露しよう。
その日、ガ島上空の空戦を終えた西沢が、僚機5機を引きつれてラバウルに帰投の途中、前下方から逆航してくる敵4機と遭遇した。
いち早くそれを発見した彼は、僚機に「来るな!」と手信号しておいて、右斜め前下方に急降下すると、いきなり敵の前上方からなめるように左から右へ一掃射し、瞬間にして3機を炎上せしめ、あわてて逃げまどう残りの1機を、僚機に、「やれ!」と合図しておいて上空に昇り、4機で1機を追い回して撃墜するまでゆうゆうと上空で高見の見物をきめこんでいたそうだ』

前半はかっこいいけど、後半はちょっと性格悪い西澤さん?
いや、これは野生動物が子供に狩りを教えるときの方法だ、きっと。うん、そうに違いない。

も一つ『サムライ零戦記者』から。

これはあの有名な「草鹿長官を待たせた」エピソード中の話です。
西澤さんが戻っていないことを不安に感じた長官が、かれの列機に事情説明を求めた際、列機から返ってきた答えです。

『ラエ上空を離脱してまもなく、隊列からおくれた艦爆を見つけ、私たち3機は、これを護衛しながら帰っておりますと、右舷3000メートルあたりを北から帰ってくるP38、3機の姿を見つけました。西沢1機はすぐバンクして右に機首をひねりましたので、私たちも後を追おうとしますと、彼が風防の中から手を振って、”来るな”と命じましたので、われわれ2機は、そのまま艦爆をまもって帰って参りました』
それ以降、行方不明、というわけで。

結局、このとき西澤さんは陸軍基地に不時着していて(たぶん燃料切れ)、始動機(エナーシャのことかな?)がなくて帰って来れなかっただけとわかり一同安堵-というオチなのですが。

いちおう、戦史妄想家のママはこれらのウラをとろうと思って調べてみました。
「これはいつの話かなあ~? 列機は誰かなあ~?」
戦闘行動調書を舐めるように探したのですが、ママ、該当する出撃を発見できず。

どちらも「3機」一小隊で出撃しているようなので、台南空時代か、251空前半頃の話かなあ・・・・と思ったのですが、ない。
そもそも、台南空、251空前半には、「指揮官・西澤1飛曹(上飛曹)」で出撃ってのがないような・・・・。
士官の指揮官とはぐれて3機単位の状態になってしまっていたのか・・・・。

話の雰囲気的には、何となく251空後半か、253空時代か?とも思うのですが、まったくわかりませんでした。ちゃん、ちゃん♪


ここで西澤さんの戦術まとめ。

坂井さんが『大空のサムライ』にしつこいぐらい書いていることですが、西澤さんは異様に視力がよかった、と。
先輩や上官から、
「西澤は目も手も早い」
と言われるほど敵発見能力に優れていました。
(注:「手が早い」というのは「女性に対して」ではありませんっ(>_<))

『空戦の名手といわれた西沢も、すばらしい敵発見の能力をそなえていた。私はどちらかといえば、水平線から上、つまり自分と同高度、または自分より高い空間にいる敵機を、いち早く発見することが得意であったが、西沢はその反対で、水平線より下、自分よりも低い高度にいる敵機をよく発見した』

らしいです。
これなんか、吉田さんが列機から聞いたという敵機3機一掃射の一件とピタリと一致していますね~。

とにかく相手より先に見つけて、気づかれる前に攻撃して落としてしまう-というのが西澤さんの戦法だったように思います。

そのために、まだ気づかれていない相手に対しては、ぞろぞろと大名行列のように列機を引き連れて行ってかかるのではなく、差し足忍び足、単機で忍者のようにそっと近づき、いきなり攻撃するという方法がよかったのでしょう。

ママは時代劇とかチャンバラ好きですが、そっち系で例えれば、西澤さんの戦法は「闇討ち」。
いきなり物陰から出てきて「キエイッ!!」とか、そっと背後から忍び寄り「抜き打ちっ!!」

月明かりに照らされた三条河原・・・・。
「新選組、沖田総司だっ!! お相手いたそう。刀を抜けっ!」
「薩摩藩、中村半次郎でごわす。ちぇーすとー!!」
みたいな名乗り合っての一騎打ちは、零戦では「やっちゃだめ」ということで。

すいませーん、また、妄想に突入してしまいました(^^ゞ

それにしても、いくら自分が優位とは言え、3対1とか、4対1とか、平気で挑むところが西澤さんだー(@_@)
ただの闇討ちじゃあないぜっ!

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