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旧石器発掘捏造のすべて2017年03月09日 08時07分51秒

おうち仕事がどさっと来て、めずらしく忙しくしているのですが。


こんな本を借りてしまいました。



ずいぶん昔の本です。2002年の出版。

「すべて」と書いてあるんですが、後日談があるんで、ここに書いてあることが「すべて」ではないですよね。



ふだんは考古学の本を読むことはほとんどありません。これも考古学の本というより、世間を騒がせた事件の裏話って感じでしょうか。



後日談というか、この何年か後に、ある考古学者の人が出版したコレ関連の本を本屋で立ち読みしたことがありました。

事件の主役F氏に会いに行ったら、自分で指を叩っ切っていた――みたいなことが書かれてあり、それも衝撃的だったのですが、

この人がこれを書くんだ・・・・。

ってことに衝撃を受けた記憶があります。






おうち仕事で余裕がないんですが、電車の中で読もうと思って借りてきました。

まあ、これはあの一件をスクープした毎日新聞が書いたものなのでね。
考古学(旧石器)の人たちにはまた違った言い分があるかもしれませんが、とりあえず、読んでみようかと。

宇佐航空隊の世界2017年02月18日 20時16分34秒

今日は宇佐の人と零戦Tシャツ屋さんと会っていました。


会談内容はヒミツです。







以前から「読みたい」と思っていた『宇佐航空隊の世界』シリーズ、入手いたしました。

受けとったときに、目次をまず確認。

Ⅰの目次、7期の松浪清さんや8期の賀来準吾さんの手記に並んで、ある手記に目が留まりました。「柳ヶ浦駅に電灯がついた・・・・賀川光夫」。


「んー? なんか知っているぞ、この人。誰だっけ? 予科練の人か? いや、違うな・・・・どこで見たんだっけか?」


帰りの電車の中で、どうしても気になったので、本文を読んでみようとリュックから取り出しました。
そのとき、
「あっ! あの賀川光夫さんだ!!」
やっとわかりました。


考古学者です。

別府大学の名誉教授をされていたのか・・・・。
わたしたちが習った高校日本史に出ていた「聖嶽洞窟」、この発掘に関わった人だったんですね。それはあの事件まで知りませんでした。

「あの事件」というのは――
2001年、賀川さんはある報道に対して抗議の自殺をされたんです。
検索したら出てくると思います。


当時わたしは考古学から遠ざかっていたので、事件のことは当時ニュースで知りましたが、それ以上のことは知りませんでした。
最近になって、その後のことが書かれた記事に触れる機会があって、いろいろと思うところがあったばかりでした。

賀川さん、学徒出陣で海軍に入り、艦攻の偵察員になられたそうです。
宇佐の931空に配属され、終戦直前には、原爆が落とされた直後の広島の偵察飛行任務につき、その惨状をカメラに収めたのだとか。
終戦は宇佐で迎えられたそうです。


そういうことを回想されていました。


あの世代の先生には従軍経験のある人がいるみたいですね。
古代史のすごい先生も、ウィキペディアによると海軍航空隊にいたとか?




『宇佐航空隊の世界』、賀川さんの手記以外にも興味深い手記や読み物がたくさんです。パラパラ見たところ、マンガや料亭なるみの色紙画像もありました。
ゆっくり読ませていただきます。ありがとうございます。


あ、残部、あるそうです。

吉野泰貴『紫電写真集 水上機王国 川西航空機の挑戦』大日本絵画2017年02月07日 16時50分59秒

最近出たみたいです。



吉野泰貴さんが解説をつけている紫電の写真集です。

「こんな写真、どこにあったん!?」

って写真がいっぱいでした。

工場内での写真。組み立て中に撮られていて、内部、細部まで。
特徴的な脚の構造とかよくわかります。プラモ作るときにいいかも。


残念ながら搭乗員関係の写真や戦地での紫電はほとんどないです。
組み立て中の機体中心です。

おもしろかったのは、工場から陸軍伊丹飛行場に運ばれている紫電。
船で運ばれている紫電、陸路、台車?に乗せられて運ばれている紫電。
思っていた以上に完形で(^^;)
いや、逆に、「この部分は取り付けずに運ぶんだな」というのも興味深いです。プロペラを取り付けていないのはわかるんですが、垂直尾翼の方向舵が取り付けられていないです。その真下の尾灯のあたりも取り付けられてないですね。へえー。




9期は紫電乗りはおらんですよね、たぶん。

りんどうの茶碗2017年02月04日 09時10分22秒

『この世界の片隅に』、原作のマンガを買って読みました。

映画で腑に落ちない点があったので、原作を読んだらわかるんかな、と思って買って読みました。

腑に落ちたところか、

「全然違う話やんか!?」

絶叫レベル。









誰も悪くない。

だからこそ切ない。





すずとリン。

この二人は表と裏、光と影、日常と非日常だったのか・・・・。




映画ではどうしてリンさんをきちんと描かなかったのか。

リンさんを描かないと、周作さんがただの「エエ人」で終わってしまうし、この二人のことを描かないと、すずさんの本当のところがつかみきれないままで終わってしまう。

――のではないかな?



原作を読んで、すずさんのことも、周作さんのことも、リンさんのことも、水原さんのことも、もっともっと好きになってしまいました。
みんな非常に人間臭い。ただの「エエ人」じゃないよ。




わたしは映画をぼーっと見とって、たっくさん見落としてしまっていたのではないか。


そう思ったので、また映画を見に行ってきました。



たしかに、見落としていたことがたくさんありました。

最後、人さらいのばけもののカゴからどうして唐突にワニが出てきたのか。
(マチカネくんかと思ったわ!)

これは完全に見落としていました。原作を読んで、映画の2回目を見て、やっとわかりました。


あと、サギとか。

あと、椿とか。

あと、周作の机の上の花挿しとか。

なんかいろいろ、宝探しのように隠してあるんだな、あの映画。

水原さんとの納屋の俯瞰シーンに、りんどうの茶碗が描いてあるんかね? あれ。




ちなみに、わたしが一番好きな登場人物はおねえさんです。

おススメの本2016年11月22日 12時55分32秒

イッチが大おじさんに近づくための、おススメの本を考えてみました。




武田信行編『ジュンちゃんへ・・・・戦争に行った兄さんより』
この本は、9期の松本勝正さんが家族に宛てた手紙を編んだ書簡集です。
若干・・・・若干・・・・解説に間違いがありますが(^^;)、松本さんは1学年時37分隊で大おじさんと同じ分隊だったので、同じ時間を共有しているはずです。

大おじさんの遺品、全部見切れていませんが、予科練の日記は14年15年の分しかなかったように思いました。
空白の13年の予科練時代は、松本さんの書簡である程度の雰囲気がわかると思います。


ちなみに松本さんはその後操縦に進み、中攻操縦専修生を経て戦闘機操縦員になりました。
19年10月26日、セブからマバラカットに戻るために乗った輸送機が敵戦闘機に襲われ戦死。同じ戦闘機隊の分隊士・西澤廣義飛曹長や本多慎吾上飛曹、馬場良治飛長も一緒でした。




本間猛『予科練の空』
9期の偵察員です。飛行艇→彩雲。予科練時代は石塚猛さん。
大おじさんとは博多飛練まで一緒でした。
予科練・飛練時代のことも書いているので、参考になるでしょう。
たまにテキトーに人名を挙げていることがあるので注意(^^;)





藤代護『海軍下駄ばき空戦記』

同じく9期偵察員。水上機。
博多まで一緒でした。
これまた予科練・飛練時代のことも書いています。


本間さんも藤代さんも戦後何十年も経ってから手記を書かれているので、勘違いなどがあるのはしかたがないです。気づいたらここで修正します。





森拾三『奇跡の雷撃隊』
真珠湾攻撃時、蒼龍艦攻隊(雷撃隊)。
操練38期出身の操縦員です。埼玉県出身。




大多和達也『予科練一代』

真珠湾攻撃時は蒼龍艦攻隊(水平爆撃)。
乙5期の先輩で操縦員です。


同じ艦に乗っていたので、読めばそのときの艦内の空気も伝わって来るのではないかと。





金沢秀利『空母雷撃隊』
真珠湾時飛龍の艦攻隊(雷撃隊)。
乙8期の先輩で、偵察(電信員)です。
上に挙げた蒼龍のお二人はお二人とも操縦員ですが、金沢さんは電信員です。電信員のお仕事や目線が描かれていて、参考になるのではないかと思います。
2航戦は帰途ウェーク島攻撃――ということで、そのときの様子も手記に描かれています。






ちょっと番外・・・・。

滝沢聖峰『海軍攻撃隊』
これ、コンビニで買ったマンガです。

短編がいくつか入っています。
最初の1編が『空母艦攻隊』です。これがめっちゃいい!!

昔、紹介しています


↑ネタばれ注意!


『空母艦攻隊』単独のマンガはどなたかご遺族の方に差し上げました。
いま『海軍攻撃隊』しか持っていないので、差し上げられませんが、貸すことは可能です。

他にも、上に挙げた本で、読んでみたいけど入手困難、ってのがあれば言ってください。
貸します。