Google
WWWを検索 ひねもすを検索

今年の総括 考古編2019年12月30日 21時06分07秒

まず今日のおやつ💕
古墳プリン。

お皿が弥生なのは気にしないでください(笑)






考古学をやめて久しいので、最近はあまり考古活動はしていないですけどね。

今年はちょっとやりました。



【6月】
大阪府立弥生文化博物館。
時代の変革と国家論  ―弥生のクニグニから律令国家へ―

というテーマで、旧館長の黒崎直先生と、新館長の禰冝田佳男先生の講演会があったので、聞きに行きました。



【7月】
百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録されました!\(^o^)/
よろこびました。



【8月】
天理参考館に「祈りの考古学」展を見に行きました。
いまなら確実に通報事案の埴輪男子を見つけて仰天しました( ̄□||||



【9月】
百舌鳥古墳群(伝仁徳天皇陵や堺市立博物館)のミニツアーに参加してきました。
古墳に詳しいお兄さんが解説してくれました。
画像は御廟山古墳。




弥生博の特別展にも行きました。

特別展 白兎のクニへ



【11月】
雪野山古墳に行く1泊バスツアーに参加しました!

雪野山山頂。

わたし、この旅行でヤバいことが2つ発覚しました。
一つ目↓
これはこの旅行最後の見学地、安土瓢箪山古墳に行ってとってきた写真です。
「安土瓢箪山古墳、初めて来たぞー! 感激だー!!」
と撮って来たんですが。

家で昔の写真を見ていたらですね、
30年前のこんな集合写真が出てきたんですよ。
なんか研究室の小旅行の集合写真みたいなんですが。
当時の教授とか助手とか、研究室の面々と一緒にわたしも写っています。

右端で切れている看板↓
「ぬわんだって!?∑( ̄[] ̄;)

左の方にはこんな看板も写っていました。

30年前に安土瓢箪山古墳に行っていた証拠写真でした(爆笑)

まったく、きれいさっぱり忘れとったですorz




もう一つ発覚した驚愕事実。
このとき、安土城考古博物館も見学しました。
学芸員さんの解説付きで、特別展を見ました。
動物特集。

そこに子犬の埴輪が展示されていました。めっちゃかわいい子犬埴輪です。
学芸員さん、
「この子、以前は子犬の埴輪と言われていたんですが、よく見たら足にひづめがあるんですね。いまでは子馬の埴輪ということになっています」

「ぬわんだって!?∑( ̄[] ̄;)

去年の年賀状、この子の画像で送っちまったよ!!Σ(|||▽||| )

戌(いぬ)年に馬の埴輪の画像を送っちまった・・・・orz
おまえ、馬だったのか・・・・orz






同じ11月、再び弥生博へ。
北陸の弥生展を見てきました。
館長さんの講演会も聞いてきました。



なんやかんやと考古活動していました。

バスツアー【2日目】32019年11月12日 12時42分15秒

最後です。


太郎坊のあとは安土城考古博物館に向かいました。
こういうツアーの何がいいって、そりゃあ個人で行ったらつかない解説員がつくことです。

この日、特別展で「動物園」をやっていました。

特別展は撮影不可だったので画像はありません。

ここの学芸員の方が解説についてくれました。

研究者って、要は学問的オタクですよね。この学芸員さんもめちゃオタクでした。
展示は動物関係のものでした。
狛犬がたくさん並んでいました。
狛犬愛がすごい学芸員さんでした。あれも愛犬家の一種でしょうか(笑)
いくら説明してもし足りない、という感じで滔々と狛犬に関して解説してくださいました。
あまりの熱弁ぶりに、途中でとうとううちの添乗員が「時間がない」と言っちゃって(笑)
すごく残念そうでした。
誰がって? うちのツアーの人たちです(笑)
「えー!! もっと聞きたーい!!」
って声多数(笑) ブーイングってやつです(笑)
あれは学芸員冥利につきますよ。「もっと! もっと!」って惜しがられる名解説でした。
わたしも「あの人誰や? 何の専門家?」と思って家に帰ってきてから検索しましたもん(笑)
講演会とかあったら聞きに行ってみたいです。


というわけで、学芸員さん、惜しまれつつ解説を終えて立ち去られたのでした。


残り時間で常設展示を見学。






雪野山の復元靫。


わたし的には、常設展示はいつでも見れるから、やはり特展の展示解説を聞きたかったな、って感じ。




博物館の近くの安土瓢箪山古墳にバスで移動しました。
この竹藪のところです。

雪野山古墳より琵琶湖寄り、時代はちょっと下るぐらいの前方後円墳です。
規模は、こちらが倍ぐらいです。
清家先生は雪野山とは系譜が違うんじゃないかと言われていました。







ここが後円部ですかね。

この下に↓こんな竪穴式石室があったそうです。
これは安土城考古博物館に展示されていたレプリカ。



このあとバスは安土城の下を通り、駅に。

今度は安土城に登ってみるか。
以前に来たときは春海(幼稚園だったか?)が石段で「抱っこ」と言い出してエライ目にあいました。
今度は一人で登りたい(笑)




行きの集合場所能登川駅で降ろしてもらい、京都経由で帰ってきました。
バスはあのあと米原まで残りの人たちを送っていきました。






考古博物館でゲットしたおみやげ。
行けなかった事務員さんにと思って購入しました。もちろん自分の分も(笑)
これ、知っていますか?
東近江市内で頻繁に見かける飛び出し坊やです。
正式名は「飛出とび太」「(愛称)とび太くん」というらしいです。
これ系の小物がミュージアムショップにたくさん売っていたので、売店のお姉さんに「東近江と関係があるんですか?」と聞いたら、とび太くん、なんでも東近江の看板屋さんが作ったものらしく、いまでは市内のあちこちにあるそうです。
たぶん東近江市以外にもありますよね。見た記憶があります。



飛び太くんの変わり種バージョンもあるらしく。
これもたぶんそうだと思うんですが、裏から撮っちゃったのか、顔がよくわかりません(^^;)




楽しかったです。
またバスツアー行きたいわ~

弥生文化博物館 北陸の弥生世界 ―わざとこころ―2019年11月10日 08時05分19秒

昨日は大阪の弥生文化博物館に行ってきました。



いま特別展開催中です。
今年度の弥生博は「日本海」ブームきていますね(笑)
前回の特展も鳥取県の青谷上寺地遺跡中心でした。
今回は石川県小松市の八日市地方遺跡(ようかいちじかたいせき)中心の展示で。
木製品がたくさん出土したことで知られています。

中でも柄付きやりがんなの完形品。

これは復元品ではありません。
このまま出てきたんです。ネットで検索してもらったら出土時の状況も画像が出ているのでぜひ見てください。
木製柄に装着された状態のやりがんなって他にあるのかな?
これはレアですよ~

木製品だけでなく、土器も、鉄器も、玉も並んでいました。


装飾壺

絵画土器(シカ)
奈良っぽい(笑)
「シカ=奈良(公園)」という現代的イメージで言っているのではなく、弥生時代の絵画土器って奈良の唐古・鍵、清水風遺跡からの出土品が多いので、絵画土器を見ると「奈良っぽい」と思ってしまうのです。


展示見学のあとは館長の講演会を拝聴しました。
だいたいこういう講演会って講演後に聴講者からの質問を受け付けるんですが、今回もありました、質問コーナー。

2人目の人が、
「どうして八日市地方遺跡に他地域のモノが集まっているのか? 何が魅力だったのか?」
みたいなことを質問されました。

館長、自分で答えず会場のある聴講者にそのまま振りました。

なんと!
わたしの前に座っている白袖の男性(画像右端)、石川県の方で、あのやりがんなを発掘された当人だったのです!
ビックリしました。

石川県の人のところにマイクが回ってきて、懇切丁寧に説明してくださいました。聴講者なのに(笑)

八日市地方遺跡は玉の一大生産地だったらしく、おそらくそれが交易の中心になっていただろうということをお話ししてくださいました。

館長の話もおもしろかったけど(!)、発掘された当事者の方のお話をなまで聞けるとは!!
たいへん貴重なお話を聞けました。






結局5時までいたので、帰りはこんな状態に(笑)↓
弥生博に隣接する池上曽根遺跡の夕景。
復元された大型独立棟持柱建物。

バスツアー【2日目】22019年11月08日 21時05分37秒

雪野山のあとはバスで千僧供資料館の見学に行きました。




正面のこんもりは千僧供古墳群の一つです。
住蓮坊古墳。墳頂には住蓮坊と安楽坊という二人のモテモテお坊さんのお墓があるそうです。
お二人にまつわる伝説?を説明してもらったのですが、かなりとばっちりのような・・・・。

二人のお坊さんは鎌倉初期の人で、古墳の被葬者とは関係ありません。






次はお楽しみ、お昼ごはんでーす♪


お昼ごはん会場は太郎坊阿賀神社です!
わーい(*´▽`*)


山の中腹みたいなところにあります。
健脚の人は一番下から階段であがれますが、我々バスツアーは午前中にひと仕事終えたところだったので上の駐車場までバスで行きました。
楽ちんだ~

一番下の階段の登り口。
バスで通過~


バス旅行はいいですね。
駐車場の心配(有無、あったとしても空きがあるかどうか)をしなくていいし、道の心配(細くないか、対向車が来ないか)もしなくていいからいいですね~


駐車場につきました。
ここは勝負ごとの神様らしく、一流アスリートの方々も参拝に来られるそうです。

天狗の願い札。かわいい天狗さんでした。

お昼ごはん予定の参集殿。




さざれ石。



お昼ごはんの会場。
見晴らしよいです。



この湯飲みは信楽の特注品だそうです。

お昼ごはんをいただきながら神社の人のお話を聞きました。


食べ終わるころにちょうどお話も終わり・・・・。

御朱印帳持参の人、何人かいました(^^;)









この鳥居の向こうに、岩の裂けめみたいな通路があります。
ここに来る前に添乗員さんからも脅かされ、ここに来てから神社の人にも脅かされました。
「心が清らかでない人は岩に引っかかって通れない」
と。

「デブは通れない」
じゃないんです。
「心が汚い人」「悪いことをした人」
が通れないらしいです。

めっちゃドキドキしながら通りました。


なんとか引っかからずに通れました!!( ;∀;)






本殿。
いちおう、春海がベスト出せますように、ぐらいお願いしておきました。







バスツアー【2日目】12019年11月08日 10時03分46秒

いよいよ雪野山に登ります!


その前に腹ごしらえだ(笑)
ホテルのレストランで和洋バイキング。
朝から食べ過ぎました。



1日目はライオンズのキャラクターが描かれたバスだったのですが、2日目はこんなバスにチェンジしていました。運転手さんも交代。
添乗員さんと埋文センターのおふたりは2日目も同じ人が同行してくださいました。
席替えもありました。1日目は前方の一人席でのんびりしていたのに、2日目は後方の二人席(窓側)になってしまいました。
隣の人も「デブの隣はイヤだ」と思ったのか、自主的に空いている席を見つけて席を移っていかれました(笑)
なので、結局一人(^^;)


出発前に地元のお茶ペットボトルをいただきました。







さあ、着きましたぞ、雪野山の麓駐車場(わたしの背後)。
ここにトイレがありました。
遊歩道並びに山頂にはトイレがないということで、ここで済ませておくようにと。
登って下りてくるだけだけなら1時間ぐらいでしょうか。


登山道?の入り口には柵&扉がありました。
別にカギはかかっていません。


雪野山の麓にも古墳(群)がありまして。八幡社古墳群。


山に登る前にまずここを見学。
みなさん、熱心に見てまわっておられます(他人事)。


横穴式石室がいくつかありました。入れます。


この麓の古墳群、動物が徘徊しているみたいで。

イノシシが土を掘り返しているらしいです。

こわ!こわ!こわっ!(゚Д゚;)

駐車場と古墳の間に柵と扉があったのは、↑これのせいみたいです。
イノシシが集落に出てこないように、ですかね。



古墳群のすぐ横に神社があります。八幡神社。
さすがに今回は勝手行動は慎まねば、と思って、これ以上は離れませんでした。
イノシシもいるしね(^^;)
ちょっと行ってみたかったんですけど・・・・またの機会にします。



さあ、いよいよ山に登ります。

石段です!( ;∀;)


石段です!


石段です!

このブログ、一日100枚まで画像使えますからね(笑)


下を振り返ってみました。
しんがりかよっ!( ;∀;)

いやーなんかね、前日も天気が良かったのに山からの湧き水が石段を流れているんですよ。
んで、苔むしています。
ということは、つまり、「滑る」ということです。

登りでさっそく(わたしより)お姉さんが一人、この石段で転びました。



登っていくと、門みたいな石が石段の両側に立っていました。


この少し上に、もともとの八幡神社があったみたいです。



この石垣のところがもとの八幡神社みたいです。

石段の方にまで木の根が張り出しています。自然の力VS人工物という感じです。


ここが平坦になっていたので、しばし休憩。
石段はここまでで、ここから先は「遊歩道」という名のブロックの階段。


高さも幅も一定ではないのでけっこう登りにくいです。


少し上がったら休憩所がありました。

景色が楽しめます。
あ、階段はまだ上へ続きます(笑)





休憩所の少し上にでっかい鉄塔が立っています。


イメージとしてはこんな感じですかね。山の北側から登っていきました。
ミドリの丸が登りはじめの神社として、白いルートが登山ルートです。
鉄塔のところで急な登りは終わりです。
ここから先は尾根筋をだらだら登っていきます。



鉄塔イエーイ!(*´▽`*)

ここまできたらもう8割ぐらいきた気分になります。


南側から鉄塔のところに登ってくるルート。
あまり使われていないのかな?

鉄塔のところの案内板。

途中、岩?に塞がれていて、脇を通り抜けなければならない箇所もあります。別に横は崖ってわけでもありません。
しかしワイルドだ―。


あとはこんな感じ。

みなさん、平均年齢高めだったのになかなか健脚でですね(汗)
わたしはほぼ最後尾、(わたしより)お兄さんと、添乗員の人とだらだら登りました。


じゃーん!! 雪野山古墳(山頂)到着でーす!!
前方部端(北)から後円部(南)を見通しているところ。
向こう、人がいるところが後円部の墳頂です。あそこらへんに竪穴式石室があります。



後円部墳頂に立つ、雪野山頂上の看板。308メートル!
職場の階段で鍛えた甲斐あって、脱落せずにたどり着きました。
ちなみに一緒に登ってきたお兄さんの登頂後の感想、
「85までは平気だったんだけど、さすがに90になるときついね~」
はあっ!?(゚Д゚;)



墳頂には埋め戻しに使った土嚢が・・・・。
この下には石室がそのまま残っています(もちろん遺物は取り上げ済み)。
前日にコミュニティセンターで見た石室↓は、
石室現物を型どりして作った実物大模型です。



後円部から前方部を望む。



後円部脇に案内板が設置されていました。

前方部の形がいびつでしょう?
地形に沿って作ったらこうなった、のでしょう、たぶん。
おみやげにもらった袋に入っていた雪野山くんのスカート?の裾がゆがんでいるのは、このいびつさを表現しているのです。
この子の目つきが悪いのは、おそらく来るものを拒まんとするようなあの石段・・・・を表現しているのでしょうか。知らんけど。
登りでお一人、下りでもお一人、石段で滑りました。危険な石段です。みなさん、気をつけて登り下りましょう。


しかし、頂上からの眺望はサイコーですよ。これは南側。
手前の山の向こうに近江冨士(三上山)のてっぺんが見えていました。
※この画像には写っていません。もっと右のほうにありました。

もともとこの山頂に展望台を作ろうとしていて、事前調査中に古墳が発見された、といういきさつがあります。
眺めはいいのです。



さーて、帰りまーす。
鉄塔のところまで戻ってきました。





危険極まりなかったので、下りはあまり写真を撮っていません。
自分が無事に下ることで精一杯(^^;)

途中の旧神社のところぐらいで膝がガクガク。
そこから先は苔むした石段なのでより慎重に、ゆっくり。


発掘当時はいまより悪路で、さらに発掘の機材(貴重な機械など)を担いで毎日登り下りしていたわけですから、たった一日、軽装で登るぐらい、ヘーキ、ヘーキ、と言いたいところですが。
さすがに50超えているとしんどいですわ(;^ω^)
二日ぐらいふくらはぎが痛かったです。



こうして今回のツアーの最大のお楽しみイベントを無事終えたのでした。