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春海、自称自己ベスト2017年08月16日 22時40分58秒

最近、春海、毎日のように朝から晩まで部活です。

文武両道なんて贅沢なことは言いません。
せめて勉強:水泳を1:9ぐらいはやってほしい母(号泣)


春海の一日。
朝、起きる。
朝ごはんを食べる。
歯みがきをして、着替える。
部活に行く。
夜、帰ってくる。
LINEをする。
晩ごはんを食べる。
寝るor録画を見る。
夜中、風呂に入る。←ママは春海が何時に風呂に入っているか知らない

朝、起きる。
朝ごはんを食べる・・・・・・・・・。


夏休み、毎日、こんなです。

勉強している姿を一瞬たりとも見たことがありません。



いくら言っても勉強しないので、

「毎日、ちゃんと帰ってくるだけマシか」
「コンビニの前でしゃがみこんでタバコを吸っていないだけマシか」
「友だちと原チャノーヘル3ケツして近所に迷惑かけまくっていないだけマシか」

と、思うようにしています。





ところで春海、今日、100フリーでベストが出たそうです。

部活の練習中に。

1分04秒9

とうとう5秒切ったどー!(´▽`)

と大喜びしていました。

短水。



毎日朝から晩まで10000メートル以上泳いで0、0何秒縮めて大歓喜。
一日30分でも勉強すれば、テストも各教科50点ぐらい上がるやろうに(´・ω・`)

最近のブログ2017年08月16日 12時59分32秒

パパから、

「最近のママのブログ、寺社仏閣参拝ブログみたいになってるな」

と言われました。

誰のせい?(´・ω・`)






先日、春海にはこんな指摘を受けました。

「ママのブログにインスタ映えとか書いてるけど、ママ、インスタしてへんやん」

ハイっ! スイマセンっ!( ;∀;)

使ってみたかっただけだよー( ;∀;)






うちのブログ、ふだんはコメント欄を閉じています。

たまに開けます。

どういうときに開けるかはヒミツですが、今回はお盆だしと思って数日間、開けていました。

3件、コメントが入っていました。

・わたしがたまにコメ欄を開けていることをご存じの方

・たぶん何か調べ物でもしていて初めて来られてたまたまコメントを入れられた方

・9期生のご遺族の方



今日いっぱい開けておこうと思っていたのですが、スパムを入れられたので閉じました(+_+)

「変なサイトに誘導型」のスパムコメント。コメント欄にはあやしいアドレスだけが貼ってありました。

機械的に無差別にやっているんでしょうな。
ふつうはそういうのを防止するために、毎回違う数字を入力させたりってありますよね。
このブログ、そういうスパム防止に「クイズ認証」(笑)って機能があって、クイズの答えを入力し、正解しないとコメントできないようにする設定がついています。

たとえば、

「ママが宮崎に帰省するときに利用する航空会社を漢字三文字で答えよ」

という問題あると、

「全日空」

と入力した人だけコメントできる機能です。

ママのイメージで「海軍航空隊」とか「航空自衛隊」とか入れてもコメントできません。

アホらしいですが、以前、この設定をオンにしておいたことがありました(^^;)
クイズ内容は忘れましたが。

何人か、チャレンジしてくれたノリのいい人たちがいました(笑)

吉野路大淀iセンターと壷阪寺2017年08月16日 06時32分03秒

昨日はパパが見つけてきた↑に行きました。

天気が崩れるという予報があったので、いちかばちか。

大淀iセンター(道の駅)までは降らずにもちました。



大淀iセンターでお昼ごはんを食べて地元特産品を物色している間に豪雨襲来( ゚Д゚)
台風のときでもこんなに降らんかったわというぐらいのバケツをひっくり返したような大雨。
一歩外に出た瞬間に水におちたような状態になるだろうと思われ(傘は車の中)。

しばし雨宿り。
大淀町特産の番茶を使ったソフトクリーム。
甘さ控えめな感じでよかったです。

最初、大淀iセンターに向かったときは、

「どうせそこまで行くなら、吉野の金峯山寺(世界遺産!)まで行こうや」

と話をしていたのですが、雨宿りをしている間に、

「引返すか・・・・」

になり、帰ってきました。




本来の目的地の一つである壷阪寺には行きました。



だいぶ山奥。
到着したときには雨もやんでいて、周辺の山から蒸気?が立ち上っていて、何とも言えない幽玄な光景が拝めました。








正式名称は南法華寺。

眼病封じのお寺らしいです。











本堂をめぐる北側の縁側?で爆睡するにゃんこ。

動画を撮りながら近寄ったんですが、ここまで近寄っても起きませんでした。
野良では生きていけないにゃー(´・ω・`)

死んでいるんじゃないかと思ってドキドキし・・・・、結局目を覚ますことなく、ときどき、顔や手足を、ピクッ、ピクッ・・・・。

標高も高いし、周囲は山。虫の声に囲まれて気持ちよさそうに寝ていました。




眼病封じ祈願の御朱印。

これ、いいですよ。

右下の小さな木札、もともと同じ大きさの木札が右側についていて、そこに願主(この場合わたし)の名前を書いて受付に持って行って500円納めます(その際、紙の申込用紙も渡す)。
それからご本尊にお願いをし、横にある木札掛けに木札の右半分を掛けます(真ん中から簡単に折れるように作ってある)。
参拝を済ませて受付に戻って来たら、眼病封じの御朱印に名前を入れたものを渡してくれます。
次回参拝無料券(期限なし)も一緒に。

拝観料が600円なので、500円で眼病封じ祈願、御朱印、次回無料券をいただけるというのは、下世話な話ですが、お得です。

またお参りしなければ、という気持ちになります。






実は昨日は目的地がもう一つありまして。


日本三大山城らしいですよ。 ←知らなかった

職場にあった何かの本で写真を見たんです。緑の中に石垣がきれいに残っていて、これはぜひ行ってみたいと思いました。


壷阪寺のさらに奥。

地図で見ても状況がよくわからなかったので、壷阪寺の御朱印を書いてくれる人に聞いてみました。

道が狭い&まだまだ先。


車で行くには道幅が危険。
歩いていくには遠すぎる。
天気も悪い。

ということで、断念しました。








夜は、大淀iセンターで買ってきた梨ケーキ。

梨果実のざく切りが入っていました。

おいしかったです。パウンドケーキみたいな感じで450円。

松沢正二さんの最期 追記2017年08月15日 20時23分21秒

※2223に一部訂正追加しました


一昨日書いた松沢さんに関する投稿をご覧になられたとかで、Kさんがメールをくれました。


Kさんは、松沢さんの最期に関するより詳細な情報をお持ちでした。


当時、松沢さんと同隊だった板津辰雄さんの戦後の手記『大空の鷹』です。
そこに松沢さんたちが遭難したときの記述があるとご教示いただきました。


19年1月25日、松沢さんは木村武雄飛曹長(操練35期)操縦の彗星の偵察員として、板津さんたちと一緒に松山から三重に向かっていたようなのですが、悪天候のため途中ではぐれたようです(瀬戸内海東部あたりか?)。
手記の内容やKさんのご教示から、木村隊は3機小隊ではぐれてしまったようです。

板津さんの小隊(3機)は結局、紀伊半島を突っ切ることをあきらめて、迂回し(おそらく紀伊半島南端をまわった?)10時20分、無事に三重空に到着。残り2機も無事。

しばらくして、木村飛曹長たちが大阪の伊丹飛行場に降りているという連絡が入りました。

昼食後も天候が回復しそうになかったため、「明朝天候の回復を待って帰れ」という連絡をするために伊丹に連絡を取ったところ、すでに出発したあとでした。

出発したのは彗星2機。
1機が伊丹着陸時に脚を折ってしまったため、その機の管理のために偵察員が一人伊丹に残り、搭乗員5名が2機の彗星で三重を目指して出発したようです。
1機は木村飛曹長と松沢さん、もう1機に3人(樋口久義上飛曹、尾崎二郎上飛、甲把英行上飛)が乗っていたみたいです。


夜に入っても連絡なし。

事故以外にはないという判断で、和歌山県と奈良県の県警に連絡。

三日後に奈良県警から連絡があり、

「三日前の午後二時ごろ、裏山の山頂に落雷のような音を聞いた」

ということで、村の消防団、青年団に依頼して山中を探している、と。

翌日?の早朝から板津さんたちも上空から飛行機で捜索してみたものの、見つけられず帰隊。

その日、午後1時40分ごろに遭難機2機を発見。

『標高二〇〇〇メートルの山頂付近に二機ともに激突し、機体は大破、・・・・中略・・・・、あとわずか五〇メートルの高さを交わすことができなかったらしい』


翌日、積雪の山頂からの搬出は困難を極めながらも、遺体は収容され三重基地に。
格納庫に安置され、この遭難直前に別の事故で殉職した隊員と合同で海軍葬が執り行われたようです(後日の話か?)。

三重に駈けつけられたご遺族があったようで、

『遺族のどの親たちも、
「殉職ではなく、せめてあの子は戦場に送りたかった」
と涙声を震わせるのだ』




手記には「標高二〇〇〇メートル」と書かれていますが、遭難地の住所の附近で一番高いのは標高1248メートルの高見山だと思うんです。

松沢さんたちが激突したのは高見山なのか?
それとももっと下の、人が住んでいる集落に近い山なのか?
現時点ではそこまではつかんでいません。






わたしの読解力のなさのせいかもしれないのですが、日付ももひとつわかりません。

「三日後」に奈良県警から墜落場所を示す連絡が入っているのですが、25日から3日後だと28日だと思うのですが、三日後の「翌日」に板津さんたちが飛行機で捜索し、遭難機が発見されたと。それが29日かと思えば、はっきり「二十八日」と書いてあります。
なので、発見された日と収容された日がわたしには理解できていません。
発見・・・・28日、収容・・・・29日
なのか、
発見・・・・29日、収容・・・・30日
どちらかだと思うのですが・・・・。

※Kさんご教示によると、1月29日付の隊附の軍医の所見があるとかで、その日に収容されたのではないかとのこと。


遭難した日は1月25日です。


※画像は9期生ご遺族ご提供

宇太水分神社2017年08月14日 23時30分48秒

うだみくまりじんじゃ。


水分神社って、吉野にもありますよね。
学生時代に、吉野出身の友人の実家に遊びに行ったことがあるのですが、お父さんが吉野を車で案内してくださって、そのときに吉野の水分神社に連れて行ってもらったような記憶があります。

昨日は、東吉野村に行って、帰りに丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)中社と宇太水分神社に立ち寄りました。
どちらも初めてでした。




またしても道が狭くてですね(^^;)

しかも一方通行(^^;)

しかも駐車場の入り口が狭いとか(^^;)

車で行くと道の心配や駐車場の心配をしないといけないですよね~
しかし、公共交通機関で行けないような場所は自分ちの車で行かないとしかたがないです。

パパは、4月だったか愛車のタイヤを4本とも交換しました。5年ぐらい乗って、溝がなくなりつつあったそうです。
その後、ひと月ぐらいで、お参りに行った神社の駐車場でそのうちの1本を削ってしまい再び交換になりました(泣)  ※その1本だけ

パパは、お参りしたご利益がなかったのか、とガッカリしていましたが、もしかしたらそこでタイヤを削らなければもっと大きな災厄に見舞われていたかもしれない――と思えば、タイヤを削ったのもご利益や、と言って慰めておきました。

宇太水分神社の駐車場も木の根っこがぼこぼこ地面に出ていて、車の底を削るんじゃないかと思ってドキドキしました。
今度削ったらまた同じことを言って慰めないとなと思っていましたが、幸い、削らずに済みました。




本殿は国宝だそうです。


わたしのスマホのカメラって、なんか色がもひとつですよね。
実際見ている色はこれじゃないです。
もっと鮮やかな赤でした。



夫婦杉。


途中から別れています。


夫婦円満の神様かな?(根元)





お昼ごはん抜きだったので(←食べれるようなお店がまったくなかった)、神社を出てからは、

「どこか食べられるところないのー?」

と探しながら走っていました。


途中で、道の駅への案内板を見つけ、そちらにふらふら・・・・。



ブルーベリーソフトクリーム!

これ、めっちゃおいしかったです!

両方食べたかったので、ミックスにしました。単体もありました。
ブルーベリー部分も、バニラ部分もどちらも好きな味&食感でした。
まわりで食べている人たちもおいしいおいしい言いながら食べていました。
マジうまいです!
これを食べにだけ行ってもいいぐらいです。

うまい上に、めっちゃたくさん入れてくれたんですよ。ずっしり重かったです。



車の中で、冷えたじゃばらジュース。
すっぱいような、甘いような?