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飛練10期 操縦専修2015年03月29日 00時53分17秒

飛練10期(乙9期主体)操縦専修生、文章で説明してもわかりづらいと思うので、ちょっと図にしてみました。

図にしても相変わらずわかりにくいですが、なんとか読み取ってください(^^;)



乙9期の操縦専修生は86名います。
(おそらく)乙9期卒業時の操縦専修集合写真に写っている人数です。
ちょっと注釈を加えると、この集合写真には1学年時に8期から次期回しになったと思われる三浦駿一さんも、10期に次期回しになった武田清さんも写っています。
かれらを含めて86名です。

武田さんを予科練に残し、85名が飛練10期へ・・・・と言いたいところですが、8期生らしき3空曹がいつの間にか谷田部の飛練10期生に加わっています。結局86名。

谷田部の集合写真に写っているのは43名なので、差し引いて筑波43名にしました。
が。
谷田部に写っていない河合敏さんが飛練16期中練集合写真に写っているので、どこかの時点で次期回しになっているはず。
あと、おそらく谷田部には写っていないであろう上田伴則さんも16年6月に兵役免除になっているので、筑波から2名脱落?したのではないかと想像しています。

となると修業時は谷田部43名、筑波41名、合計84名。


このあと各機種ごとの延長教育に入るのですが、中攻45名、戦闘機23名、艦爆10名、艦攻9名、合計87名です。

中攻に2名、新たに3空曹の人が加わっています。8期生かな?
図には「8期生」と書いていますが、実のところわかりません。

あともうお一人、艦攻にも1名、上のクラスの人が降りてきているそうなのですが(戦史人物経歴研究家Kさんご教示)、宇佐空資料にお名前がなく、艦攻専修生時代の集合写真もないので、氏名・お顔ともに不明です。Kさんによると海兵団は佐世保らしいです。

中攻の45名は修業後、戦闘機に9名が転科、艦爆に10名が転科。逆に艦爆から1名転科。結局飛練10期で中攻の操縦員になったのは27名です。うち8期生らしき人が3名。

戦闘機は23名全員がそのまま戦闘機。そこに中攻から9名、艦爆から9名、計18名の転科者を加えて41名。

艦爆はもともと艦爆専修だった10名全員が転科。代わりに中攻から10名が転科してきました。そのうち嶺岸友三郎さんが転科教育中に殉職されて結局修業時は9名。

艦攻は9期生8名に上のクラスの人1名の計9名。途中で筒井富雄さんが負傷のため修業延期になり飛練12期へ。



このうちもともと艦爆専修だった10名だけはお顔お名前一致しています。一つ前の投稿です。


のこりの中攻、戦闘機、艦攻の方々はそれぞれ数名ずつ不明のままの人がいます。

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