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生還記32012年12月29日 21時19分55秒

山崎市郎平3飛曹(4空)の『生還記』、つづきです。    →前回

山崎さんは17年3月22日、来襲した敵機攻撃中に被弾し、マーカム川支流の上流に不時着。


夜が明けた。二十三日だ。真っ先にこたえたのは、腹がへっていることだった。フト思いついたのは、産土神、九頭龍神社のお守りと一緒に郷土の女子青年団より貰った千人針の中に、栗一箇とくる身一箇が入っていることだった。早速食べた。うまい。何とも言えない。元気も出て来た。かくて夜明けと同時に、又歩き出したものの、目指す○○はどこやら、ただカンで歩いているのだ。手も足も傷だらけだ。ジャングル、■地■地と歩き続けて、朝の九時やっと幅七、八米の川へ出た。此の川を筏で下ったら、きっと目的の○○へ行けると思ったので一時間ぐらいかかり筏を作り、希望に満ちて川へ浮かして見ると、何と非常に不安定で、 腰まで水に浸かってしまうが致し方ない。どんどん漕ぎ下った。途中には、大木が横倒しになっているところがあり、筏諸共にぶつかりそうになり、最早これまでと思ったことが数度、幸いにも、神の助けか、奇跡的に通り抜けた。筏を作りかえること二回、夕方には川幅が大分大きくなったところへ出たが激流となっ た。此の流れに飲み込まれながらも身はどうにか川岸へ泳ぎ着くことが出来た


九頭龍神社
山崎さんがお守りを持っていた九頭龍神社です。
関係者の方が行って撮って来て下さいました。


石川さん手記での、この部分に該当する箇所は、
『ところが、そこは湿地帯で腰まで水につかり、さまよっているうちに川に出た。マーカム川だ。この川を下ればラエに帰れると、流木にまたがって下りはじめた 』
でしょうか。

石川さん手記では、山崎さんはそこら辺にあった流木にまたがって川を下ったように書いてありますが、本人談では「筏を作り」となっています。

ここは「筏」で間違いないと思います。


山崎さんの手記には書かれていませんが、この川下りの最中、他にも危機一髪なことがあったようです。
その”危機一髪”だった場所が特定できないか、自分なりに探してはいるのですが、見つけられていません。
パソコンの前に座っていても無理かなーーーー。やっぱり現地に行って同じ川を下ってみるべき?
いや、無理、無理(^◇^;)

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