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ホリブン、飛行機を乗っ取られる(-"-)2008年08月25日 12時29分28秒

昭和45年8月20日の新聞
「ホリブン」と書いていますが、正確には「三上光雄」機長です。

「ええっー! それ、誰やねんっ!?」
って方のためにちょっと説明します。

このブログにたびたび登場する343空戦闘301飛行隊分隊士・堀光雄飛曹長(通称・ホリブン)ですが、戦後、いつの間にか三上さんという家に婿養子に入られたようで、全日空に入社した時には名前が「三上光雄」に変わっております。

戦後、ご苦労をされた末、全日空に入社したのは昭和29年。31年から機長を任され、この事件↑当時49歳・飛行時間17330時間のベテラン機長です。
(見えないと思いますが、小さな丸囲みの中が三上光雄機長の顔写真です)

戦記本で堀さんのことを書いた中に、このハイジャック事件がちょこっと紹介されることもあるので、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、事件の概要はこうです。

昭和45年8月19日17時45分発名古屋―千歳の全日空175便(ボーイング727 機長・三上光雄以下乗員6名、乗客75名)が離陸から10分後、若い男に乗っ取られ、航空自衛隊浜松基地に緊急着陸した、というものです。

犯人は、浜松で時間稼ぎをしている間に妊婦トリックに引っ掛かり逮捕されました。終わってみたら、犯人は一人、武器はおもちゃのピストル、ということで、人的にも物的にも被害はなかったのですが。
犯人の動機も、女性関係がうまくいかない末の自殺志願。
まあ、でも、ハイジャックですのでねえ、翌日の新聞は一面こればっかりです。

直前によど号事件があったばかりなのに、なぜに簡単に飛行機を乗っ取られてしまったのか。

―犯人に操縦席に押し入られてしまった。

犯人は離陸10分ほどして、スチュワーデスにピストルを突き付け、
「操縦席に入れろ」
と要求します。
スチュワーデスは、
「できません」
と拒みます。
「殺すぞ」
「どうぞ」

操縦席のドアの前で「入れろ」「入れない」の体を張ったやりとりが続いていたのですが、犯人がふと操縦席のドアに手をかけたところ、すんなりと開いてしまったらしいんですねー。
規定では中から二重ロックをかけておかなければならなかったらしいのですが、開いていたと。
それでまんまと操縦席に押し入られてしまったそうです。
これ、責任は機長ですよね・・・・?

機長談「離陸前にロックしたはずですが・・・・」

まあ、一人の犠牲も出さず犯人が逮捕され、よかった、よかった。

当時の新聞記事は個人情報垂れ流しですね。
三上機長の自宅の住所や、奥さん、長女の名前、年齢、ずらずらっと出ています。いまでは考えられないですね。
三上機長の経歴も出ています。
『撃墜王だった三上機長 操縦はピカ一』
「三上光雄機長はことし四十九歳。―中略―。予科練出身で、戦時中零戦に乗り十五機を撃墜。現在生き残っている予科練出身者のうちでは撃墜最多記録保持者ではないかといわれている。―後略―」

まあ、あのー、撃墜王であるかどうかと、旅客機の操縦がうまいかどうか関係があるのかどうかはわかりませんが(^_^;)

ハイジャックは勘弁だけど、ホリブン操縦の旅客機、乗ってみたかったなあ~

参考:当時の新聞各紙

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