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海軍さんだったwwwww(゜o゜)2008年08月24日 19時28分29秒

13、4年前から、10年ぐらい家庭教師に通った家はお父さんとお母さんが共働きでした。
で、いつもじいちゃんとばあちゃんが子供たちの世話をしていました。

ママが家庭教師に行くと、いつもおやつを持ってきてくれるのはじいちゃんかばあちゃん。
ばあちゃんの話は今日の本題ではないので、じいちゃんのことをちょっと。

今年83歳らしいので、当時は70代だったのでしょうか。
ゆる~いじいちゃんで、好物はミスドとハンバーグらしい。ママと気が合いそうだ。
そこの長男が小4、次男が3歳のころからママは通っているのですが、そのころはよく次男のお守りをしていて、お絵描きに付き合っているようなじいちゃんでした。

次男が小学生高学年だったと思うのですが、何の拍子か、
「じいちゃん、戦争に行っていたらしい」
と教えてくれました。
わたしの記憶が正しければ、「陸軍」で「大陸」の方におったとか、そんな話でした。

終戦時、二十歳だよなあ。戦争行ってはったんかあ。陸軍で中国かあ。苦労しはってんなあ・・・・。

と、思い込み、そこで終っていた話なのですが。

去年だったか、このじいちゃんが、実は海軍の936空の整備兵曹だったことが判明。

詳しい方に聞いた話では、936空は零式三座水偵の部隊だ、ということでした。
じいちゃんはどうも発動機の担当だったらしい。

海軍に入る前、大阪の陸軍の工場か何かに行っていたらしく、おそらくそこから「陸軍」ということになったのではないかと。
終戦時、936空でセレター基地にいたらしいのですが、それが「大陸」ということになったのか。
終戦後はすぐに復員できず、苦労されたようです。でも、じいちゃん自身はそんなに苦労とは思っていないような?

まあ、とにかく海軍の、航空隊の、二整曹だったとわかり、
「そんなじいちゃんに『先生』『先生』と大事にしてもらい、おやつまで運んでもらっていたのかーーー!!!! おそれおおいこっちゃ!!」
とびっくらしたのでありました。

おい、孫ども、もっとじいちゃんを敬えよっ!

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