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乙9期 遠藤秋章さん2013年08月15日 14時31分06秒

※画像、追加しました  2013.9.25

何度かここに書いている遠藤秋章飛曹長。

20年8月15日、玉音放送のあとで、大分基地を出撃し沖縄に向かった701空攻撃103飛行隊の11機の彗星のうち、宇垣纏第五航空艦隊司令長官が搭乗した中津留達雄大尉(兵70)機の偵察員です。

愛媛県出身。


羽藤さんのアルバムに貼られていたこの写真。
胸に「遠藤」と書かれた名札をつけています。








【予科練入隊前】
江ノ島

【東京行軍】



【鎌倉行軍】


【大楠山慰安行軍】


【操偵適性検査】



【愛媛県出身者の集い】









土浦・雄翔館に保管されている乙9期生6人の集合写真。

どういう事情かわかりませんが、アルバムに貼られていた名札では、
前列左から「遠藤秋章君」「大正谷宗市君」「柴田勉君」
後列左から「安達繁信君」「川崎助男君」「松本勝正君」
になっていました。

ただしくは、
前列左から「安達繁信君」「大正谷宗市君」「松本勝正君」
後列左から「遠藤秋章君」「川崎助男君」「柴田勉君」
です。
両端の前後ろの人が入れ替わって記載されていました。

オリジナルで見たら、袖の階級章が3飛曹であることがわかります。
16年11月に飛練を卒業してから17年の衣替えの時期までの間に、どこかで一緒になって撮ったのでしょうか。

戦闘機5人に遠藤さんお一人だけ偵察員、という不思議な顔ぶれ。
遠藤さんが花束を抱えているのも気になります。


雄翔館に保管してあった偵察専修生の卒業アルバムにもお顔がありました。
橿原神宮北神門。



「おもいで」
「どこかにどっしりしたものを感じさせる人柄、努力型だったのか、それにしても君の武勲、その最期は大東亜戦史に不滅の金字塔をたて、わが九期の名を高らしめた。おれはいち早くそれを知ってこの戦後を誇りを持って生きることができた。君はおれの心に糧を与えて呉れた恩人だ」
「時に利あらず終戦の詔勅下る。その日八月十五日、戦争の善悪勝敗を語る要なし、敢えて君は行く、宇垣長官と同乗沖縄に突入せりと聞く、その心境は如何ばかりか、パイロットの本懐ここに極まる、見よ護国の鬼、君が心はとはに輝く、日本国健在なり」



20年8月15日   K103  沖縄



※写真提供、羽藤さんご遺族、雄翔館

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