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乙9期 笠井繁雄さん2013年05月11日 11時11分03秒

茨城県出身。大正11年生まれ。
水上機偵察員。


英霊顕彰活動をされていて、ご遺族とも連絡を取られているという方から、写真を送っていただきました。


予科練時代の操偵適性検査でしょうか。



下士官に任官しているので、16年10月以降。



これらのお写真を元に羽藤さんのアルバムから探してみました。
たぶんこの人だと思うんです。


【東京行軍】
宮城前ニテ


海軍館


楠公銅像前



【鎌倉行軍】


【操偵適性検査】


【大楠山慰安行軍】


偵察員はかっちりした集合写真がないので、判別しにくいのですが。
どうしてこんなに見つけられたかというと・・・・。

笠井さんが13班ということがわかったからです。
1学年時の行事の集合写真の単位は”9期生半分ずつ”ってのが多いです。
羽藤さんのアルバムには、当然、羽藤さんを含む9期生半分が写っているものが多いです。
羽藤さんは12班。
1~8班、9~16班、というふうに別れて写っているものが多く、羽藤さんの12班と笠井さんの13班は大抵一緒に写っているのです。

さらに。
13班には松本佐市さんや阿部健市さんがいて。
このお二人、めっちゃ見つけやすいんです(^_^;)
この二人を見つければ、その周辺に13班班員も写っている、というわけです。




予科練卒業時の寄書きに笠井さんのお名前はありません。



おもいで
「横空入隊時同班十三班の伍長で組長。何でも優秀だった」
「同県人、同じ偵察でA五班の伍長、俺はB五班の伍長、いい意味のライバルだったが、頭のよさには敬服した。君は天才だったはずだ。延長教育、博多も一緒で九期の名をあげたものだった。小柄な体の中の才能をいち早く祖国に捧げてしまって本当に惜しい。生きていてほしかった逸材。やすらかに」
「小柄だが頭脳明晰。同班のとき多くよく外出には一緒に歩いた。明るく人に好かれるタイプ。貴様などは兵隊にやらないでそっととっておいていまごろへそくりのように出せばもっと国のためになったかもね」


17年3月10日  聖川丸 サラモア沖


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