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自己紹介2017年01月05日 08時22分32秒

今年の年賀状に「ブログニキ」って書いて送ってきた人がいましたが(笑)

「ニキ」じゃねーですから。

体格はどすこいって感じ、でも、分類上は「ニキ」じゃねーですから。




あれ以来、けっこう「自己紹介」のカテゴリを見ている人がいるようです。
がー、あそこを見てもわたしのこと、わからんでしょう(笑)


「ブログを読んでください」
ってのが一番なのですが、膨大な時間の無駄使いになるのでおすすめしません。



出身は宮崎市。
※宮崎の実家は台風で水没して全壊、引っ越しました。

大学に進学するために関西に来ました。

文学部史学科卒。
卒論は考古学(弥生終末期~古墳時代初の土器)で書きました。いちおう、卒業させてもらえました。 ※何を書いたかもう忘れました
学芸員の資格を持っています。 ※役に立っていません

卒業後は某研究所で図面描きのバイトをしたり、家庭教師をしたり、某家電メーカーで電話オペレーターのパートをしたり。

いまはいちおう有期雇用職員として仕事に行っています。
仕事内容はヒミツです。
※春海の「仕事中の母」イメージ

片道2時間かけて仕事に行っているんですが、いまのところ自分がやりたくない仕事はないし、イラストレーターとか使わせてもらって「なんかこの技術、自分のためにも使えそう(二ヤッ)」だし、何といっても名刺にまじめな肩書きを書けて他人に信用してもらえるのがうまみです(笑)


知っていると思いますが、会社員の旦那と中3の娘がいます。





たぶん自己紹介カテゴリを見た人たちが知りたいのは↑こんなことじゃないですよね?

「なんで予科練(乙9期)のことを調べているの?」

ですよね?


わたしは海軍や予科練の関係者ではありませんし、遺族でもありません。
もともと歴史好きで、10代、20代の前半ぐらいは古代、戦国、幕末・・・・を中心に本を読んだり、史跡訪問したりしていました。

いつのころからか、海軍戦闘機隊に関心を持って・・・・台南空のことを調べるようになりました。
戦闘――ではなく、搭乗員のことです。
集合写真。書籍などでよく紹介されているのですが(17年8月4日集合写真と17年11月集合写真)、いつも氏名を飛ばされている人たちがいる。この人たちにも名前があるはず。
ここに出したこともあるんじゃないかと思うのですが、「台南航空隊隊員列伝」なるものを自作していて(アナログなファイル)、
例えば羽藤さん(9期)だったらこんな感じで↑。
お顔がわかる人はお顔も入れて、何月何日にどこに出撃しているか、全員分、書いています。
アナログなのであまり使いようがありません(-_-;)
デジタルでデータベース化すれば、もっと使い道があるんでしょうけど。

こんなことをしながら、
「『大空のサムライ』で描かれている台南空イメージとはずいぶん違うなあ。意外と若い人が多いなあ」
と思っていたところ・・・・。

2011年の夏頃だったか愛媛の知人が、
「台南空の羽藤一志さんのご遺族の方と連絡が取れた」
と。

おお! すげえ!!

台南空の羽藤さんといえば自分にとっては歴史上の人物みたいな存在でしたからね。

2012年の初めに、

「羽藤さんから予科練のアルバムを借りたので、ママさんにも(武田先生に送るついでに)送ります」

と、送ってくださいました。

9期のことを調べ始めたのはそれがきっかけです。


その後、以前から文通していた9期の松本勝正さんのご遺族の方に『9期生名簿』という活字だけの同期生会誌を見せてもらい、

「アルバムの写真の人たちと、同期生会誌に書かれた戦没者の方たちのイメージを重ね合わせたい」

と、氏名の照合をはじめました。
その時点でわかっていたのは、羽藤さん、木村さん、遠藤さん、上原さんなど台南空の数人と松本さんぐらいで。

氏名の照合に四苦八苦している様子はそれこそ「過去のブログをご覧ください」としか言いようがありません。いま読むと的外れな推測をしているところもあるみたいで・・・・<(_ _)>

全員の照合は、わたしが生きている間にはムリかも・・・・と半ばあきらめかけていた2015年の夏、生存者(故人)の息子さんが全員分の氏名入り班写真を保管されていることがわかり、一気に判明しました。

うちの旦那などは、

これで先が見えなかったママの長旅も終わった――

と思ったようですが。


当初は「お顔と氏名を照合したい」という動機で始めたことですが、いまはちょっと違います。


5年、9期のことを調べている間にいろんなご縁があって、たくさんの9期の資料がわたしの手元に集まってきています。

この資料を何とかしたい、ということと、できることなら、どなたかわかる写真はご遺族のもとに届けてあげたい、という気持ちがあります。
中には、ご遺族の方も見たことがないという写真が、戦友のアルバムにひっそり残っている場合もあるので。



わたしは遺族でも関係者でもないので、かれらのためにできることは限られています。

わたしのまわりには、海軍のことや航空隊のこと、調べたり関わったりしている人たちがたくさんいます。

海軍の全搭乗員のことを調べようとしている人、ガンカメラ映像を解析している人、神雷部隊のことを調べている人・・・・。
プラモデルを作ったり、イラストを描いたりして搭乗員を偲んでいる人も。
戦記もの、マンガ、映像作品で偲んでいる人もいるでしょう。
みな、それぞれ、自分のやり方でかれらへの感謝の気持ちや哀悼の気持ちをあらわしているのだと思います。


ご遺族の方に写真を届ける――。
本人も家族のもとに帰れて喜んでいるのではないか。
わたしにできるかれらへのお弔いは、これなのかなあ、と最近はそう思っています。

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