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たぶんひとりごと2014年12月03日 09時36分43秒

ひとりごとなんですけどね。

先日ちょっとここに書いた「知○袋」に出ていた話題です。

山崎市郎平さんの名前の読みと、遠藤桝秋さんの出身地を質問している方がいたんですよね。

うん、まあ、この質問自体は特に何か引っかかったわけではありません。

もう解決している話ですが一応書いておくと、山崎さんの妹さんのお嬢さんや、ご実家(本家)の方々が「イチロヘーさん」と呼ばれていました。
妹さんは「お兄さん」か「兄さん」と呼ばれていたと記憶しているんですが・・・・。

余談ですが、妹さんは、
「わたしは母親似で、(お)兄さんは父親似だから、わたしは(お)兄さんとは似ていない」
と言われていました。
そんなことない、と思いました。

きょうだいでも似る似ないはたしかにありますからね。
おじ・甥(姪)でもそっくりな人もいますし。
これ書き出すと止まらなくなるのでやめておきます(笑)





遠藤さんの出身地に関しては、ある本に「福岡」と書かれている、いやまて「福島」と書かれたものもある、どっちだ、という質問だったのですが。
福島です。
武田さんが取材に行かれたので間違いありません。

「おもいで」で訛りをいじられている練習生が何人かいます。
遠藤さんは訛りに関してはまったくいじられていませんが、武田さんが取材に行かれたとき、あー、いや、なんでもない(;'∀')

※画像は武田信行氏ご提供






話がそれましたが、とにかく「知○袋」。

わたしが、
「なんだってっーーー!?∑(`□´/)/ 」
と驚愕したのは、その質問に寄せられた回答に書かれたあるひとことです。


兵籍番号が横志空


↑遠藤さんのね。


これに引っかかりました。

昨日はこれが気になって眠れませんでした。
※ウソ 熟睡した模様

いや、気になっているのは本当です。

実はわたしも遠藤さんの「横志空」時代の兵籍番号は知りません、遠藤さんだけじゃなくて、一人を除いて9期生ほとんどの航空兵時代の兵籍番号は知りません。

自分でもちょっと調べてみようという気になっています。。。。

つーても誰かに聞こうとしている気がする(笑)




ひとりごとですよ、これ、きっと・・・・。

面石箱2014年11月20日 22時10分37秒

これ、気になっていました。


昔の人は知っているのかな?

海軍の専門用語かな?


ネットでも辞書でも調べてみたけど、ちょっとわかりませんでした。


何かというと、山崎市郎平さんと石川茂さんの遺品目録に書かれていた遺品の中の一つです。

山崎さんの場合、

「面石箱 一」



石川さんの場合、

「面石入 個 一」


1個、2個と数えるものらしい。

たぶん「面石」というものを入れる入れもの(箱)なのだろう。

海軍の搭乗員は持っていたようだ。


うーん、何だろう?


最近、いろいろ教えてもらっている元艦攻操縦員の大澤昇次さんに聞いてみました。

「海軍では洗濯石けんに対し、体を洗う石けんを『面石けん』と呼んでいました。それでそれを入れる箱(セルロイド製)を面石箱と言ったのかもしれません。海軍の兵隊さんは皆このセルロイド製の石けん箱を持っていました」

なるほどー。

「海軍 石鹸箱」で検索したら出てきました。セルロイドの石鹸箱。

遺品目録2014年07月04日 18時23分17秒

「故海軍上等飛行兵曹山崎市郎平遺品明細目録」



ちょうど去年のいまごろ、念願だった山崎さんのお墓参りに連れて行ってもらい、そのとき、ご実家にも寄らしてもらい、御仏壇にも手を合わせてきました。

そのときに見せていただいたものの中にありました。遺品目録。


戦地に何を持って行っていたのか、ひとめでわかります。

三枚にわたって山崎さんの私物が書きこまれています。

トランク、御賜煙草、貯金通帳、財布、現金、印判、万年筆、時計、筆入、鉛筆、ハサミ、小刷毛、小鏡、墨、写真入、半練、折揚子、筆、皮砥石、名刺、カミソリ、千人針、硯石、書道要訣、物理、日本全図、眼鏡、葉書入、葉書、書翰文、鉄道図、日記帳、沓下釣、写真、服刷毛、インク、便箋、煙草(ケース)、扇子、小手帳、カバン、洗面袋、折揚子入、面石箱、針箱、メリヤス上下、タオル、毛メリヤス、水泳帯、日ノ丸、マフラー、チヂミシャツ上下、襦袢、袴下、風呂敷、パンツ、褌、爪切、筆立、カラー袋、パス券入    ※旧字体は新字体に それ以外はそのまま




山崎さん
※西澤さん所有




まあ、なんというか、実はこれ、けっこうショックで。

写真も何枚も見たし、自分の中では「山崎さんはこんな人」という像がつかめているつもりでいたし、お墓参りにまで連れて行ってもらいました。
でも、これを見たときほど山崎さんの実体を感じたことがなかった・・・・。

ご実家で見せてもらった中には遺品目録の品はありませんでした。
手記とか、進級辞令とか、戦死後に海軍から送られてきた書類とか、債券類はきれいにファイルされていました。


いまだにこの遺品目録を見ると涙が出てきます。
文字だけなんですけどね。

これらのひとつひとつが、山崎さんが必要があって持っていたものなのでしょう。

時代のせいなのか、わたしが娑婆の人間のせいなのか、いったい何なのかわからない品もありますが。





逆に、ここにないものも気になります。
お守り――肌身離さず持っていたんだろうな・・・・とか。
煙草――たぶん、これも持って行っていたんだろうな。





去年は暑いのを覚悟して行きましたが、行ってみたら意外と過ごしやすい気候でした。



今年は大雪で大変だったみたいだけど、また行きたいなあ。

兵籍番号2013年11月19日 19時59分00秒

ここ何日か、「兵籍番号」に引っかかっていました。

先日、9期生に予科練の途中でやめた人が4人いる、という話を書きました。
あのあとで、
「かれらの兵籍番号はどうなっているんだろう?」
と思って、兵籍番号が併記されている九期生名簿を見てみました。

みんなの番号は続いていて、空番号はありませんでした。

「兵籍番号は海軍に入ったとき、つまり乙9期生なら13年6月1日に入隊したときに付与されていると思っていたのに、違うのか!?」

途中でやめた人がいるなら、当然、その分の番号は空番号で飛ばされていると予想してみたのですが・・・・。現実は詰まっていた。


ふつうはこんなことを調べようと思っても、どうやって調べたらいいか、どんな本を読めばいいかすらわからないと思いますが。
持つべきものはものしりの知人♡

メール送ったらソッコーで返信が来ました。
この程度のわたしの疑問は、自分の頭の中にある知識で答えてくれたんじゃないかなー(^^;)


返事を要約すると、
乙9期生は、13年6月1日に入隊した時点で、横志空○○○、佐志空△△△・・・・などの、航空兵としての兵籍番号が振られた。
16年6月に航空科から飛行科に名称変更があったときに、飛行兵として兵籍番号を整理しなおした。横志飛○○○、佐志飛△△△・・・・など。
どうも、このときにやめた4人の兵籍番号が詰められてしまったようです。
(※舞鶴はちょっと特殊)


「なるほどーーーー(・∀・)」

それを聞いて、ある佐世保管内の乙9期生の履歴を見直してみたところ、
「入籍番号」として、「佐志空第○○○○」と書かれてあるのが赤二重線で消され、「佐志飛△△△」に書き直されていました。
これが16年6月1日の出来事のようです。


転科とか名称変更で兵籍番号が変わるということなので、
「じゃあ、山崎市郎平さんは?」

ご遺族の方が取り寄せてくださった履歴より推測してみました。

12年6月1日 横須賀海兵団に四等水兵として入団。横志水○○○。
14年6月3日 整備兵に転科。横志整△△△。
16年5月26日 操縦練習生を修了し航空兵曹となる。横志空×××。
16年6月1日 名称変更により飛行兵曹。横志飛※※※。

最後の「横志飛・・・・」が山崎さんの最終的な兵籍番号です。




この兵籍番号は鎮守府ごとに振られます。

「13年6月1日入隊の遠藤さんが横志飛1000番台なのに、どうして12年6月1日入団の山崎さんが横志飛2000番台なんだろう????」

さっそく聞きました!(・∀・)

すぐに返事が返ってきました!

横須賀鎮守府の場合は、海軍に入った順番ではなく航空兵(飛行兵)になった順番なんだそうです。
遠藤さんは13年6月1日に海軍(予科練)に入った時点で航空兵です。
山崎さんは15年5月26日が航空兵(曹)のスタートです。
んで、遠藤さんの方が山崎さんより数の小さな番号がついているんだとか。


聞いたら何でも教えてもらえて、まるでドラえもんとのび太状態(笑)
いや、ドラえもんのポケットよりすごいと思う!
理由は下・・・・(;^ω^)



「佐世保の履歴の9期生は、佐志空のときの番号は2000番台なのに、佐志飛に変更になって800番台にガタッと数字が減っているんだよなあ・・・・なんでかなあ・・・・」

今度は聞いてもいないのに答えてくれました!!( ゚Д゚)

いや、マジで!
いっぺんに聞いたら悪いかな、とさすがのわたしも遠慮して聞かなかったのですが、先方さんから、この人の番号が減っている理由を解説してくださいました!

この間に兵曹長に進級した人の分が詰まったのと、いままで航空兵として番号が振られていた人の中にこのときに整備兵に入れられた人いて、その分が詰まったからだそうです。



何でも理由(事情)があるんだなー。

すごいなー。

結構自分で「なんでや?」と思っても、「調べてもわからんやろ」と勝手に諦めてしまっている場合が多いのですが、もしかしたらこの知人に聞いたら何でもわかるかも!?( ̄▽ ̄)

いやいや、すいませーん。調べられそうなことはなるべく自分で調べますからー。

ありがとうございましたー(^o^)

NHK BSプレミアム「零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争~前編」2013年08月02日 09時13分09秒

明日、8月3日、午後9時~10時半、BSプレミアムで↑という番組が放送されます。

数ヶ月前から、
「○○さんが取材を受けたらしい」
という話が耳に入ってきたり、
「ラバウルにいってきました」
というブログを見たりして、そういう番組が作られているということは知っていました。

今朝、初めて番組サイトを見てみました。


短い動画がありました。

その0.07のところに251空の出撃前整列の写真が出ていました。
18年6月16日のルンガ沖航空戦時のようです。
大野竹好中尉が指揮官で、最前列に林喜重中尉や大木芳男飛曹長、磯崎千利少尉のお顔が見えます。編制表通り。
・・・・山﨑さんが編制表と違う位置に並んでいます。
大宅秀平中尉(最前列右から2番目)の小隊の2番機に編制されているので、大宅さんのすぐ後ろに立っているべきなのですが、写真では後ろの後ろに立っているようです(3番機の位置)。

この写真見るとしんどいんですよね・・・・。いろいろと。
遠藤さんが写っていないし。
山﨑さんもたぶんこの写真が生前最後の写真・・・・。
この日未帰還になった人たちのお顔も・・・・。



ちょっと話が横道に逸れましたが。
明日、午後9時、BSプレミアム。