乙16期 俵一さん ― 2020年08月22日 10時39分52秒
毎日新聞を取っている人いますか?
8月12日新聞の朝刊一面に大きく取り上げられていました。
『食堂の「母」 慕う350通』
という見出しで。
副題は「海軍兵士から軍事郵便」。
当時、愛知県豊橋市にあった青山食堂のおかみさんやお嬢さんたちに宛て書かれた海軍搭乗員たちからのはがきを取り上げた記事です。
豊橋には海軍の豊橋基地があったんですが、そこの搭乗員たちがこの食堂を利用し、転勤後も付き合いが続いていたようで、転勤先からたくさんのはがきが・・・・。
その中に俵さんのはがきもあったのだとか。
俵さんは乙16期、東京出身。
20年5月11日、第9銀河隊指揮官機の偵察員として特攻戦死。
記事はデジタル版にも出ていますが、会員限定で途中から読めない・・・・。
ので、できたら紙で読んでください。
10年以上前ですか・・・・俵さんのことを調べたのですが。母一人子一人という話もあり、遺影を見ることができただけでほぼ何もわかりませんでした(遺影は靖国神社遊就館と土浦雄翔館が所有)。
俵さんのペアで指揮官の深井良中尉の甥御さんがご遺族やお墓もさがされたようですが、見つからなかったそうです。
今回の取材もご遺族の方もお墓もたどれなかったようです。
が、今回の記事のおかげで、俵さんが食堂のお嬢さんたちに宛てたはがきを見ることができました。
筆跡を見ると一気にその人に近づいたような感じがします。
はがきはわかりやすい筆跡で書かれていました。
当時の人は若くてもかなり達筆ですが、みな、幼い弟妹や文通相手には一文字一文字わかりやすい字で書いています。
俵さんも例外ではなく。
今朝、深井中尉の甥御さんから連絡をいただきました。
いま宮崎大学付属図書館で宮崎基地から特攻出撃した隊の資料や写真などを展示しているそうです。
10月15日まで。平日のみ。
ネットニュースに出ています。
ニュース映像に俵さんの遺影も出ています。
すごく行きたいんですが、世間の状況を考えると10月15日までに宮崎に帰ることは不可能そう・・・・。
残念です。