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乙9期 島田直さん2015年09月27日 15時17分52秒

大正11年生まれ。熊本出身。偵察。
加賀、飛龍。

「すなお」と読むそうです。


【東京行軍】




【大楠山慰安行軍】


【操偵適性検査】




【香取神宮】


【偵察専修生総員集合写真】


【点検?】
洗濯もの点検だろうか?
衣類を手に行列を作って点検を待っている様子。


【3学年班写真?】
土浦海軍航空隊。
予科練卒業間際。


【熊本出身集合写真】
横須賀入隊直後 13年6月

横須賀 13年8月

霞ヶ浦 14年夏
スイカ宴会の写真、島田さんもお持ちで裏書がありました。8期生の送別会だそうです。

霞ヶ浦 14年夏

霞ヶ浦 14年秋~15年春

熊本写真はもう1枚ありまして。
14年12月29日。
前列左と真ん中が12期の田島忠盛さんと吉永博行さんのようです(どちらがどちらなのか不明)。右端は10期の古本克己さん。
後列左が隅倉慧さんで右が島田直さん。






【鈴鹿飛練時代】
運動会相撲部優勝。

かっこいいので大きいまま出しますね。


【鈴鹿飛練】
班写真。
何かの演習で隊外に出ている?

班写真。
隊内。
「島田」の名札をつけています。藤原さんと同班。


【飛練博多時代】
修業記念写真。
16年10月末。


【実施部隊】
あったんですよ! 実施部隊の写真が!!
集合写真です。同じ写真が吉良敢・吉野泰貴『真珠湾攻撃隊 隊員列伝』の加賀艦攻隊の橋口喬少佐のページにトリミングされた状態で出ています。

よく見たら、そこにも島田さんが写っていました(^^;)
いままでまったく気づいていませんでした(-_-;)

真珠湾前日の加賀飛行甲板での撮影みたいです。
後ろに97艦攻が写っています。
あとで出します。


その写真にあと2名、9期生が写っていました。
平山繁樹さん。

最後列に黒木勇三郎さん。




島田さんは7人兄弟の4番目だそうです(姉3人、妹1人、弟2人)。
子どもの頃から級長をするような優秀な子で、運動神経もよく足も速かったとか。もちろん相撲も。

性格はお名前のままだったとか。

弟さんに、
「一緒に遊んだ思い出はありますか?」
と尋ねてみたのですが、そういう思い出はないとのことでした。



下の弟さんのお話だと、戦争が始まってから一度顔面に怪我をした状態で家に帰って来たことがあったそうなんです(面相が変わるぐらいの大怪我だったとか)。
いつの話なのかちょっと調べているのですが・・・・。
17年1月20日のラバウル攻撃で、帰投時に母艦の近くに不時着水して利根に救助されたことがあるようなんですよね。それかな?
でも、そのあとも何事もなかったように出撃しているので・・・・いまのところ「????」です。

もっとあとの話なのかな?
二種で帰って来たみたいだし。
※この件に関しては一部訂正しました。



島田さんの遺品のアルバムには興味深い写真が何枚もあったので、別にご紹介させていただきます。



予科練時代の「おもいで」。

「予科練入隊当時古田正直・筒井富雄君とぼくとの四人で兵舎と航空廠の間のポプラの木の下で八期生の目をしのんで、故郷の思い出に花を咲かせて猛訓練への憂さを晴らした男」

「顔を見ていると端正な優男。裸になると筋骨いや筋肉隆々、喧嘩相手「こんなはずではなかったのに」」

「角力は特に強かったね」

「豪直、名は体を、意志も堅固だったファイトマン」




17年6月5日   飛龍  ミッドウェイ海戦




※画像は9期生ご遺族・ご家族ご提供

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