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今日の自主練 春海、負傷!?2010年07月11日 16時02分30秒

春海が、水曜の背泳ぎのテスト、全然自信がない、と言うので、午前中のうちに自主練に行ってきました。

パパが行くと、春海は泳がないので、パパは留守番。
曇り空の下、春海と自転車でいつものプールへ。
夏営業中なので、120円(子ども料金)で10時から12時まで。

12時には全員、出なければいけません。
「時間がないぞー」
と急いで行ったのに、やっぱりというか、春海がプールに現われたのは10時20分とか。(--#)なんでやっ!?

そこから泳ぎはじめ・・・・。
クロール50  5本(70~76)
背泳ぎ50  6.5本(74~79)
平泳ぎ50  4本(86~92)

ここまで泳いだところで上がってきて、ママの前に来て紙に書き書き。
「平泳ぎのとちゅうで小指(←足)をうった。めちゃいたい」

30分で水から上がりました。

何でも、泳ぎっぱなしコースで平泳ぎを泳いでいるときに、向こうから来た人とのすれ違い時に足が当たったらしく、小指が痛い、と。

本当は50はウォーミングアップで、今日の目的は25メートル背泳ぎのタイムクリア練習。
スタート時のバサロキック(おおっ!! かっこいい(^o^) つーか、これやらないと31秒切れない感じ(^_^;))の練習と、25メートルを全力で泳ぐ練習をするはずだったのです。

たしかに今日の泳ぎっぱなしコースはヒト、多かったんですよ。
しかも、ゆっくりのんびり泳いでいるヒトばかり。
全然自分のペースで泳げず、壁で休憩しているもいてクイックターンの練習もできず。ほとんど練習になりませんでした。

それは、しかたがない。まあ、いいでしょう。

なんで、あんな広いコース(ふつうの1コース分。イト○ンではあれより狭いコースですれ違いながら泳いでいる)ですれ違うのに、相手と足が当たるんや!?
春海は平泳ぎのキック、脚を広げすぎるきらいがあってー。たぶん、それで当たったんやろうなあ。相手のヒトは春海に蹴られたわけですが、大丈夫やったかなあ?

まともに歩けないので、明日病院に連れて行こうと思いますが、もし、ひびとか骨折だったら、水曜の背泳ぎのテストは受けられなくなります。次のテストは10月末ですよーーー(T_T)

イト○ンの7月中もダメかも。
月末の短期教室も(T_T)

市民水泳大会もダメかも(T_T)

おまけに泳いでいる途中で豪雨状態になり、プールから上がっても、まだ降っていました。
うちら親子は日焼け止めまで塗って出てきたのによ!!

パパに電話して車で迎えに来てもらったので、自転車、取りに行かないといけません。
小指折れていたら、自転車も当分取りに行けないよー(-_-)

見た感じでは、内出血もしていないし、ブクーッと腫れてもいないので、折れるまではいってないと思うのですが・・・・

幕末あれこれ2010年07月11日 20時05分08秒

昨日、テレビを見ていたら、いま話題の人(サッカー選手など)と似ている人がいる、と写真を並べているコーナーをやっていました。

ほとんど似ているとは思わなかったのですが、サッカー日本代表の本田選手だけ、
「あ、似てる!」
と思いました。

長州の高杉晋作。

あー、あー。
本田選手、以前から誰かに似ていると思っていたのです。「サルかなー」と自分で何となく納得していたのですが、サルじゃなかったですね。
「乗った人より馬が丸顔」高杉晋作でした(^o^)
もうちょい吊り目だとそっくりですね。顔の輪郭はかなりいい感じです。
(全然関係ないですが、ゲームキャプテンの長谷部選手は、なぜかひとりだけ笹井中尉ばりの貴公子フェイスですよね!)


龍馬伝も第2部が終わってしまいました。
ご老公が牢屋の武市さんに会いに行くとか・・・・。え?
龍馬が牢屋の武市さんに会いに行くとか・・・・。え?

大河って、ときに主人公側に立ちすぎてきれいにまとめすぎなときがありますよね。
あれがキライ。
これは曲げちゃいけないエピソードってあるでしょう。ドロドロでもいいやん。それが歴史のおもしろいところなんだから。


話は変わりますが。
井伊直弼が桜田門外で襲われたときに、井伊家の警護担当の武士が逃げ出したって話題が出ていました。

たいだい「桜田門外の変」といえば、襲った中心・水戸浪士の立場、参加した唯一の薩摩人・有村治左衛門の立場、襲われた張本人・大老井伊直弼の立場・・・・などで描かれたものが多いと思うのですが、今回のニュースを聞いて、
「ぜひ、大老を守りきれなかった(捨てて逃げた?)井伊家の家臣目線の『桜田門外の変』を描いてほしい」
と思いました。

徳川四天王の末裔・大老井伊家の家臣として、平凡な暮らしをしていたであろう人たちが、あの事件でどうなったのか、とっても興味があります。

といっても、主人の首をむざむざと取られてしまった家臣たち本人は、まあ、あとどうなったか、推して知るべしですが、その家族とかねえ・・・・。