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歴史人 2011年6月号 零戦の真実2011年05月12日 18時20分46秒

ママは毎週、パパに命じられて、本屋に「ファミ通」を取りに行っています。
パパは(ママも春海も)、たくさんの人に立ち読みされた本を新本の値段で買うのがいやで、店頭に並ぶ前にレジに取り置きしてもらっています。
ですから、レジに行って名乗って「ファミ通ください」と言わなければなりません。
正直、恥ずかしいです(T_T)

でも、今日は本屋に行っていいことがありました!

こんな雑誌↓発見!
歴史人 6月号

表紙がCGだったので、中もCGかなーとあまり期待していなかったのですが、中は写真がいっぱいでした。

『最強撃墜王』の武田さんが監修・執筆?されたコーナーもあり。
またしても、見たことのない西澤さん関連の写真が掲載されていました!!
ありがとう! 武田さん!(^O^)

台南空時代、西澤さんがマラリアで入院していた時に准士官以上の人たちが書かれた寄せ書きらしいです(大木一飛曹含む)。直筆でしょう。

日の丸の周囲に、「至誠 斎藤」「飛行隊長 中島正」「分隊長 河合四郎」「稲野菊一」「無 高塚」「征空萬里 大木芳男」「征九天 大野中尉」「万朶の櫻 山河」「飛行士 木塚重命」「誠 康■」「大原達夫」「林秀夫」・・・・
読み違っている部分もあるかも知れません。その他、ちょっとママには読めないところもあります。和歌のようなことばとともに「山下」って書いてあるような部分もあるのですが、山下佐平飛曹長でしょうか。

大原達夫さんのところにも和歌のようなことばが添えられています。

あと2名、「五百木元」(でしょうか?)、「■原晴■」という署名も。


ここからママの妄想。
西澤さんが台南空時代に長期戦列を離れていたのは、8月8日から9月26日まで。
マラリアに罹っていたというのは、この時期のことではないかと思われます。

また、高塚飛曹長のお名前があることから、戦死された9月13日以前のもの・・・・。
もっと想像を加えるとしたら、笹井中尉や結城中尉(ともに8月26日戦死)のお名前もないことから、それ以降に書かれたものかと・・・・。(”ない”ことは根拠として弱いのですが)

木塚重命中尉と林秀夫大尉は陸偵隊の方です。
他に見たことのないお名前の方がいらっしゃいます(判読できない部分も含めて)。搭乗員だけではなく、地上勤務の方も西澤さんのために寄せ書きを寄せられたのかも知れません。

西澤さん、坂井さんの証言と違って実は大人気・・・・いやいや、西澤さんの存在の大きさがよくわかる寄せ書きです。

読めなかったり、読めても意味がわからなかったりで申し訳ないのですが、たぶん、ママ的にまとめてみると、
「西澤、いつまでも寝てんと、とっとと戻ってきて働けよ!」
という熱烈なる応援・激励メッセージという結論でよろしいでしょうか!?


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