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丸10月別冊 翔鶴&瑞鶴2023年09月26日 09時51分03秒

最近空母に関心があるのですが、自分であまりにも無知だと思ったので少しお勉強することにしました。

家探ししたんですが、空母の本がまったくありませんでした(;´Д`)


本屋に行ってみたら、こんな本があったのでお買い上げ!
丸10月別冊翔鶴&瑞鶴。

「こ、これは!(;゚Д゚)」


写真がたくさん載っているんですが、どれも画質が粗くてよく見えないですねー。
しかたないのか。
見たいところが見えなくてももどかしい(^_^;)

特選グラビアというコーナーに珊瑚海海戦後の17年5月10日の瑞鶴艦上から見た夕焼けの写真があったんですが、モノクロですがすごく物悲しい気持ちになりました。
カラーで見たらきっと声を失うほど美しい光景なんだろうなと思います。
でも、あの人もこの人もいない瑞鶴艦上・・・・。




これともう一冊空母の本を買いました。
こちらはイラスト本。


2冊、パラパラ見て思ったんですが、とてもわたしが把握しきれる情報量じゃないなと(^_^;)
プラモデルを作っていた飛行機1機ですら手に余るのに。



昨日はこれ以外にもパンケーキ食べたりラーメン食べたりシャインマスカット買ったりして、完全に収入<支出
になってしまいましたorz

吉野ケ里遺跡の石棺2023年05月30日 14時30分30秒

昨日、ヤフーニュースを見ていたら、吉野ケ里遺跡で未盗掘の石棺が見つかっている、という話が出ていました。

すごいですね!
未盗掘ですよ!
葬られてからいままで、一度も蓋を開けられていないということです。
しかも、もともと神社があった場所でいままで手付かずだった場所らしいです。
昔の人は何かしらの言い伝えでその場所が触れてはいけない場所であることを知っていたのでしょうか。
今回の調査はどういういきさつなのかわたしは知りませんが(学術調査?)、ちゃんとお祓いして、敬意をもって調査が行われていることと思います。

卑弥呼の時代とかぶっているかもしれないということで期待大みたいな話もありますが、どうでしょうか。
わたしは宮崎出身、奈良在住なので、邪馬台国は九州でも大和でもどっちでもいいです。
ただ、弥生終末期~古墳初の流れ的には「大和なんじゃないの?」とは思っていますけど(^^;)
あー、邪馬台国の場所が、という話ではなく、当時の中心地が、という意味です。
一度、邪馬台国も卑弥呼も魏志倭人伝も存在しなかったことにして、考古学的証拠だけであの時代を考証してみたらいいのではないでしょうか。

おそらく弥生時代の大和が「そのまま単独で発展してヤマト政権」という流れにはなっていないと思いますが、古墳初の中心地は大和ということに異論がある人はいないでしょう。

話がそれました。
吉野ケ里の石棺から何が出てくるか楽しみですね~。
人骨が残っていたら男女の判断ができる可能性がありますもんね。

6月5日に開棺するらしいです。
ライブ配信するのかな?
いや、開けた瞬間は土で満たされていてなんのこっちゃわからんか。
調査が進んで棺底の辺りに達したら副葬品が見えてきますね。
副葬品がわかるのは2、3日後かな? もっとあとかな?
何が出てくるかなあ?
鏡、玉類、鉄製品、あと有機物とか残っているといいですけどねえ。
時期の決め手になる土器は出ているのかな?






昨日、知人に本を借りました。
白石太一郎『古墳の被葬者を推理する』中央公論新社

目次は
第一章 箸墓古墳と大市墓
第二章 誉田御廟山古墳の被葬者をめぐって
第三章 西殿塚古墳と西山墓古墳
第四章 五条野丸山古墳の被葬者をめぐって
第五章 植山古墳と山田高塚古墳――二つの推古陵
第六章 牽牛子塚古墳と岩屋山古墳――考古学からみた斉明陵
第七章 古墳からみた物部氏
第八章 葛城周辺の古墳からみた蘇我氏の本拠地

なんかめっちゃおもしろそうじゃないですか?

牽牛子塚古墳見学記を書こうとして知人に「牽牛子塚古墳と終末期古墳のことを勉強したい」と言ったらこの本を紹介してくれたのですが、そのときはちょっと間に合わなかったんです。タイミングが悪くて。
ブログにアップした後になってしまったんですが読んでおこうかなと思って借してもらいました。

しかし。
先に西殿塚古墳を読んじゃっています(^^;)

わたし、前に西山塚古墳のことを前期古墳って紹介している箇所があります。間違いです。後期古墳です。訂正した記憶がないのでそのままになっているかも。訂正しておきます。

新装版 日本の軍装 1930-19452023年05月12日 09時16分05秒

こんにちは。

今日も最近読んだ本の紹介。

中西立太『新装版 日本の軍装 1930-1945』大日本絵画

この本、めっちゃ便利!(・∀・)
※画像掲載は関係者の方の了解済みです



わたしは海軍航空隊の搭乗員に関心があるので、陸軍の軍服とか階級はほぼわかりません(T_T)
こういう本、助かります。


陸軍だけじゃなく、海軍もじつは佐官将官、疎いです。

基本、搭乗員の人たちが着ていない軍服はよくわからないんですよね(^^;)
昔の集合写真とか見ていると、士官の中に豪華な?軍服を着ている人とかいるじゃないですか。
これ、なんだろうな?とずっと思っていました。
さすがに9期生の集合写真には写っていないですが、浅川さんの古い写真には写っているものがあります。
これは大村での延長教育時代です。昭和10年ごろです。
本によると通常礼装っていうらしいんですが。
なんでこの格好でこの集合写真に写っているのかなあ?
後ろの兵(顔が写っていないですが浦田豊四さんです)が盾みたいなものを持っているので、何かの優勝記念じゃないかと思っていたのですが、そんなときでも准士官以上は礼装で写るんですかねえ?
本によると通常礼装を着る機会として分隊点検とか着任退職が挙げてあるので、そういう機会だったのかなあ?
この写真に関してはわからないにしても、この本があるといままでわからなかったことがいろいろわかりそうで楽しみです。


1930-1945なんでそんなに古い軍装は載っていませんが、搭乗員が着ない軍服は基本わたしはわからないのですごく助かります。

これで勉強します。



欲を言えば、士官の人が軍服の下に来ている白シャツの記載も欲しかったな(^^;)

蒼龍12分隊宴会写真でちょっと話題にしたこういう白シャツ↓

どなたかわからないんですが、襟の形が特徴があって興味を惹かれます。

これはあくまで士官の私物で軍服というくくりではないから本では解説無しってことなのかな?

下士官はこういうの着ないので、士官の人たちだけが着ているという意味では「士官の軍装の一部」として解説がほしかったなあ。

だれかここにこだわって調べている人おらんかな?


※画像は9期生ご遺族、浅川さんご家族ご提供

艦隊これくしょん―艦これ― Model Graphix ARCHIVES2023年05月11日 12時11分35秒

ブログを読んでいる人はわたしが艦これ――というか、艦船系にあまり興味がないことをご存じだと思うんですが(^^;)


たぶんこのブログで艦これネタが登場したのは、島田さん宅訪問から帰宅直後の2016年11月に、
「春海が食べもので遊んでいた! けしからん!」
って出したしまかぜ連装砲ちゃんだけだと思います。
このころ中学生だった春海もいまでは大学4年生(遠い目)。


この一件↑を覚えていてくださった人がいて、そのご縁でこの本↓を手にしました!(・∀・)
※画像掲載は関係者の方の了解済みです


めっちゃおもしろいです!(・∀・)

いままでにモデルグラフィックスで特集された艦これの記事をまとめたものらしいですよ。
わたしは艦これゲームはしないので、艦船のプラモデル作例を見るのがおもしろいです。
浅川さんたちが艦務実習した愛宕もでっかいプラモ写真が出ていました。
搭乗員の人が縁があった艦がでているとうれしいですね。


春海がみかんにいたずらしていた例のしまかぜ連装砲ちゃんですが、ようやく現物?を見ることができました。武装とは思えない程かわいい(^^;)
ほんでしまかぜちゃんがほぼ全裸みたいなかっこうをしていたので、
「なんやこれ!?」
って驚いていたら、
「”大破バージョン”やからやで」
って横から解説されてしまいました。


いま仕事を抱えているのであとでじっくり読むとして、とりあえず全頁見ましたが、「おかえりなさい、赤城・加賀」という特集コーナーがとても興味深かったです。
ミッドウェー海戦で沈んだ2隻ですが、海底で見つかった写真なども掲載されていました。
艦載機をぎっしり甲板に並べたプラモの作例も。
「加賀の97艦攻のこの機体の操縦席にいるのは浦田さんやろ!」
と思いながら見るんですよ。

わたしは艦船模型は作ったことはないですが、加賀の飛行甲板に関してはひとこと言いたいことがありますよ(笑)
そのうちここで絶対言おうと思っています。


Yさんの艦上機の解説コラムもあって(これだけは真剣に読みました)。


まだパラパラッと見ただけですが楽しませてもらいました(・∀・)

大島隆之『真珠湾攻撃隊 隊員と家族の八〇年』講談社現代新書2022年12月01日 16時22分26秒

本の紹介です。
いまさら感満載ですが。


NHKエンタープライズの大島隆之さんの新刊です。



去年の真珠湾80年でBS1スペシャルで放送されたドキュメンタリー『生きて 愛して、そして』の書籍化です。
放送分以外にもいくつかその後の取材分が追加されています。

表紙の面積の半分以上を占めている白くない部分はじつは”帯”です。
その帯の表表紙側に掲載されいているのは鹿熊粂吉さん(甲3)の蒼龍艦攻隊偵察配置集合写真、帯の裏表紙側は福谷知康さん(甲4)の谷田部飛練時代の写真館集合写真です。
これらの写真に写っている人たちに関しては自分なりに考えていることをブログに書いてみました。※もちろん無断ではやっていません


本の内容をちょこっと ※太字は目次、それ以外はわたしの注 

はじめに

第一章 真珠湾に散った青春
北原收三さん(操50、加賀艦攻隊)の日記を中心に。
自分の個人的関心事にからめると、北原さんの日記から加賀艦攻隊総員集合写真が16年12月5日に撮影されたものらしいとわかったことがよかったです。
大甥の方が北原さんの日記を読み込んでかれの実像に近づこうとされている姿は胸を打たれました。

第二章 海軍の「至宝」と呼ばれた男
金井昇さん(偵35、蒼龍艦攻隊)の新発見の日記を紹介。
いままで言い伝えられている金井さんの姿とはまた違った一面が描かれています。
この日記の16年分、わたし全部読ませていただきました。かれの心情、周りの人たちの心情に関していろいろ思うところがあるので、そのうち書くかもしれません。

第三章 早すぎた落日 最前線の真実
福谷知康さん(甲4、瑞鶴艦攻隊)のその後や家族のことなど。
本を読むまで知らなかった家族とのエピソードなどがたくさん書かれていました。
印度洋作戦の前に遺書を書いた福谷さんの心境、わたしもいろいろと考えてみているのですが、まだ「こういうことか」というところに至っていません。

第四章 戦地からのラブレター
松﨑三男大尉(兵65、赤城艦攻隊)が奥さんに送り続けたラブレターのことなど。
息子さんの思いを絡めながら文字で見ると、映像で見たときとはまた違ういろんな思いが沸いてきます。

第五章 特攻命令という絶望
特攻と直面した真珠湾攻撃隊隊員たちのこと。
原田嘉太男さん(甲2、赤城艦爆隊)、吉岡政光さん(偵43、蒼龍艦攻隊)、そして特攻命令が下って結婚した搭乗員のことなど・・・・。
ドキュメンタリーでも吉岡さんはこの話をたいへん言いにくそうにされていましたね。吉岡さんの気持ちもすごくわかるし、でも、結婚を強行した搭乗員の気持ちもわからなくもない・・・・です。相手の女性が「それでも」と思われていたのなら。当時の「家」に対する考えもあったでしょうしね。

第六章 妻と子どもの長い戦後
布留川泉さん(兵63、赤城艦攻隊)、住友清真さん(操23、飛龍艦攻隊)、河原真治さん(偵43、赤城艦攻隊)の残された妻子のその後。
番組では放送されなかったエピソードなどもありました。
離縁のち再婚された方、女手一つで残された子どもを育て上げた方、こういうのは本当にその人の立場になってみないとわからないことです。10人いれば10人の妻の人生があったと思います。

わたしが知りえた中にも中西クロちゃんのように入籍が間に合わないまま妻子を残して戦死してしまった人もいたし、平山繁樹さんや藤本久夫さんのように奥さんのおなかの中に赤ちゃんがいることを知りながら戦死してしまった人もいた。
中西さんも平山さんも藤本さんも直接奥さまのお話はうかがえなかったですが、ご苦労は並大抵ではなかったろうなと思います。

おわりに





大島さんはご遺族の方々への丹念な取材を重ねてドキュメンタリー番組を制作し、この本を書かれたわけですが、前に「これは仕事とは思っていません」という意味のことを言われていました。
終着点のないライフワークとでもいうんでしょうかね。
わたしのまわりで海軍さんのことを調べている人たちもそういう人が多いです。



実体験した方々も次々と鬼籍に入られ、もう話を聞くことも難しくなってきています。
戦死した方を知るご遺族の方々も少なくなる一方です。
ご遺族のもとに伝わる遺品や家に伝わる故人の人柄などのエピソードはぜひ次世代に伝えて行ってほしいなあと個人的には思います。

大事な人がこの世からいなくなるということがどういうことか。
戦争を知らない世代にも身近なこととして伝えて行ってほしいなと思います。
同じ思いを体験させてはいけない。