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カルディ スコーンミックス2025年08月04日 16時27分23秒

自転公転半自動泡立て器が壊れてしまったので、泡立てなしのお菓子を作りました。

お菓子というか、わたしの朝ごはんですねん。


先日カルディで買ってきたスコーンミックス粉。
これで400グラムです。

裏のレシピは200グラム分。

今日は200グラム分で作りました。
厚さの指定が1.5センチと先日のクッキーよりだいぶ厚めなので型崩れせず抜けました。

焼いたら崩れました(ノД`)・゜・。

崩れたのは、型抜き後に余った生地を丸めて型に押しこんだ分です。
こうなるのね(^_^;)


崩れたのを熱いうちに味見。

外がサクサクで中がしっとりでかなりうまいです!(^o^)
甘さは控えめです。

冷凍したらサクサク感がなくなりそうだけど、まあ、いいか。

海軍航空隊関係品いろいろ2025年08月04日 18時46分03秒

わたしの周辺の人の中には、軍関係のものをいろいろ手元に置いている人も多いのではないかと思います。

わたしはほとんどないのですが、ちょっとだけ海軍の航空隊関係のものがあります。

手元に持っている方々、自分が死んだらどうなりますか?

わたしはいちおう譲渡先は決めてあります。
譲渡というか、「あとはよろしくお願いします」というか。


9期生の遺品とか、他クラスの写真など、数点ですが所有しています。
これら予科練関係品は予科練関係の法人さんに話をしてあります。




こちらは予科練出身ではない搭乗員さんの遺品。
これらは搭乗員さんゆかりの航空隊があった自治体の人にあとを託してありますし、譲渡先に関しては搭乗員さんご本人の家族の方の了解もいただいています。
ただ、持てる限りは、自分で所有しているつもりです。



自分のところで散逸させてしまうのが一番イヤなので、どちらも一括で。




家族にも何度か言ってあるので、なにかあったらそちらに連絡してくれるものと思います。

富雄丸山古墳作り出し部埋葬施設出土銅鏡公開2025年08月05日 21時06分41秒

今日は北関東で41度超えだったらしいですね!
たぶん奈良は連日36度とか37度ですが、
「奈良って涼しんじゃね?(^_^;)」
って勘違いしてしまいそうな酷暑です。

先日、ニュースで富雄丸山古墳の銅鏡3面がクリーニングが終わったので保存処理前に特別公開しますよーってのをやっていました。

「え? この猛暑にまた並ばせるの?」
と思ったのですが、蛇行剣の時はわたしは運悪く早く行ってしまい若干並ばされたんですが(1時間ぐらい)、あれ、のちに改善されて整理券制になったんですよね、たしか。


「まさかこの猛暑の中、館外の行列に並ばせるとか絶対ないだろう」
そう思って、今日行ってみました。


行く途中の電車の中でネットニュースを見たら「暑すぎなので不要不急の外出は控えるように」と出ていました。

しかし、わたしは家にいてもどうせ30度の部屋でゴロゴロ寝ているだけなので、出かけて冷房キンキンの電車や博物館で過ごす方が安全な気がしました。



まずは腹ごしらえ。

八木のつくしってうどん屋さん。
わたしの好きな甘めの出汁で。



畝傍御陵前から博物館に向かう道々もあまり同じ方向の人がいなかったので、そんなに混んでいないだろうとは思いました。
いちおう駐車場には警備員さんもいましたが、蛇行剣のときの比べたらかなり平常運転モード。


館内に入ったら正面にあるお部屋に誘導されました。
この「展示室」という部屋の中はロープで銀行のATМの待ち行列みたいな区切りがしてありました。


行列に並んでいる間退屈しないようにか、遺物の保存処理関係のパネル展示もありました。

しかし、並んでいる人は一人もおらず、すいすい進んで受付まで。
受付前も一人も並んでいませんでした。




しょっぱが富雄丸山の鏡展示室だったのですが、そこも混雑はしていませんでした。



奥のガラスケースが鏡の展示ケースで、周辺には鏡の見どころなどが貼られていました。






となりの展示室で「大和を掘る」をやっていたんですよね。
毎年、県内の掘りたてほやほや情報を展示しているみたいなんですが、わたしはこれ見るの初めてじゃないかな?(^_^;)
毎年ポスターだけは見ていたのですが。

なかなかおもしろかったです。


御所の遺跡から出土したそうなんですが、盾持人埴輪形土製品らしいです。

後ろはもろに円筒埴輪(上がすぼんでいる)で、その前面に盾が張り付いているように見えました。
展示ケース越しではどこが「人」なのかよくわからなかったですが、手に取って詳細に観察すると上にお顔が乗っていたような痕跡でもあったのでしょうかね?

これ、ちっちゃいんですよ、すごく。
ミニチュア盾形埴輪って感じでした。
後ろの壺を見てもらったらおおよその大きさは想像できるのではと思います。
今回の展示で一番「お!」だったのはコレですね。
初めて見ました、こんなの。


富雄丸山の鏡と大和を掘るを見たあとは、いつもなら常設展示室はわりと通り抜け気味なのですが、今回は一番古いところからじーっくり見ました。
藤ノ木古墳のところまでじーっくり見ました。
最後は録画番組を流している部屋。


涼しくてパラダイスでした、博物館。




地元に帰ってきて、さらにカフェで涼んでから帰宅しました。

乙10期藤本久夫さんの集合写真の謎の人2025年08月06日 14時29分41秒

最近、すごく複雑な気分になる出来事がありました。


わたし、ツイッターのアカウントを持っているのですが、最初はブログ更新の告知に使うつもりで、ヒトからフォローしてもらうばかりで、わたしからは誰もフォローしていません。
いまはブログ更新の告知以外のくだらないツイートの方が多いです。
そういうアカウントなのでほぼ過疎っていて、ふだんは「いいね」多くても一桁後半ぐらいです。
くだらないつぶやきだとふつうに「0」です。


わたし渾身の全力投稿、加賀の飛行甲板の風向標識に関する記事、あれはツイッターアカウントのトップに固定しているのですが、1年半以上経過して今日時点でいいね31です。

いや、別にいいんですよ。

別に何万もいいねもらってバズりたいとかそういう話じゃないんです。




数日前、乙2の人どこかに写っていないかなあと手元の集合写真点検の続きをやっていました。
乙10期の藤本久夫さんの飛練教員時代の集合写真を見ていた時でした。

これなんですけどね。


イス列の右端に、見たことのない帽章と襟章の人が座っていることに気づきました。
またしても「いまさら」事案だーーーー!(;゚Д゚)

この人ですぜ。

「はいィ!? 何者でしょうかっ!?(;´Д`)」



お顔アップです。



帽章アップです。


ちなみにこの人が着ている軍服は士官の一種軍装に見えますが、帽章や階級章は明らかに海軍士官のものではありません。


これは少尉で終戦を迎えた搭乗員さんの士官帽の帽章です。
見比べてください。

まず上の人の帽章には中央てっぺんの桜花がない。
そして錨マークの中ほどに何やら山形のギザギザが入っています。

検索してみました。
検索のしかたが悪かったのか、まったくわかりませんでした。

で、ツイッターで、この人の画像を出して、
「この人、どういう方でしょう?」
と聞いてみました。

そうしたところ、リツイートしてくれるフォロワーさんがいたおかげか、フォロワー外の方(鳴神堂6月1日Vショー出店3階E-5 Ph.Dさん.)から、
「昭和6年制定、17年改正以前の海軍文官従軍服を着用しています。袖線から判任官のように見えます」
とご教示いただき、国立公文書館デジタルアーカイブの関係資料までご案内いただきました。

帽章、襟章、袖章の詳細が載っていました。

わたしはすっかり見落としていたのですが、資料によると、袖に入っている線もふつうの海軍士官の線と違い、山形になっていました。その線の数や太さで高等官何等か判任官か識別できます。

同じく襟章からも判任官のようです。



「飛練の文官教官なのか」
と思い、翌日に、「解決しました、あざーっす!」って意味でこの投稿をあげたら、どういうわけか知らない人から「いいね」たくさんもらっちゃって加賀飛行甲板風向標識記事をあっという間に上回っってしまい、いま非常に複雑な心境――というわけです。

風向標識の記事は、あれ書くのに何か月いや年レベルで費やした労作です(自分で言うな)。
ひとりで書いた記事ではなく、空母に詳しい知人をかなり煩わせてあそこまで書きました。

なので、今回みたいに「これなーに?」から始まって「解決しました」って報告のポストにたくさん「いいね」いただいてなんか複雑です。

他人には見えないと思いますが、ほとんど知らない人ばかりでした。
知らない人からいいねもらったらいちおうその人のアカウントを見に行くのですが(ふだんそれぐらい知らない人からの「いいね」がない)、世の中にはいろんなことを極めている人がたくさんいるのですねー。
「うわあ! すげえ!」
って人たちがたくさんいました。
やはり軍、海軍関係のあれこれを深掘りしている人が多かったです。マニアックというか(^_^;)


ツイッターにアクセスできる人はぜひわたしの投稿のコメント欄や引用リツイートも見てみてください。
この軍帽の帽章現物を所有されている方もいらして、現物写真をアップしてくださっています。
まあ、たぶん、こういう方々のおかげもあってたくさんの方の目に触れたのかなと思いますが。


わたしはというと、海軍文官の判任官の帽章と教えてもらってから検索したらいくつか写真が出てきて、「なるほどこんなデザインなのか」とわかったのですが、ヒトの写真を勝手に自分のサイトに載せるわけにはいかないので、最初のご教示でリンクを貼ってもらった国立公文書館の資料に描いてあった帽章のイラストをトレースして着色して出しました。

けっこう時間かかったんですよ。
暇かっ!って自分で突っ込みたくなるぐらい時間かかりました。

現物はわたしのツイッター投稿のコメント欄や引用リツイートにあげてくれてはるんでよかったら見てください。





その後、海軍文官の高等官とか判任官とかぼちぼち調べているのですが、新たな疑問も沸いていて本腰入れてやるかどうか(^_^;) ちょっとわからないですが。

とにかく海軍文官のこの軍装(いや武官ではないので「制服」というべきか)の人っていままで見てきた集合写真の中で一度も見たことがないので、どうして藤本さんのこの写真だけに写っていたのか、本当に文官教官なのか(あるいは文官教員?)、追求したい気持ちはあります。



ちなみに9期の文官教官の集合写真はこちら。
みなさん背広姿。



授業中の姿はこちら。
これは倉町先生かもしれません。


こちらの教官は練習生に板書させて、自分は教室内からその様子を眺めています。



何か組み立て中ですかね。教官は白衣。




※画像は9期、10期生ご遺族ご提供

右足小指骨折の件2025年08月06日 20時57分08秒

4月30日に骨折した右足小指、今日で通院終わりました。

最初に「全治3~4ヶ月」と言われたときは、「まさかっ!?(;゚Д゚)」と思ったのですがその通りでした(^_^;)

今日のレントゲン。


人間の骨ってすごいですね。
最初は金属の棒を通すって話だったのですが、それをせずともちゃんとくっつくって。
わたしの安静の賜でしょうか(笑)

若ければ修復力があるってわかるのですが、こんなBBAでもちゃんと骨がくっつくんですよ。ホント、すごいわ。

まあ、何といってもわたしは、ばらけていた骨を手術もせずにこの状態に戻してくれた整形の先生が「すごい!」と思っていますけど。



もう歩くのはふつうに歩けます。
一昨日だったかな、日が暮れてから久しぶりにウォーキングに行きました。

しかし、まだ骨折してから「靴」を履いていません。
例の、マジックテープ式のサンダルだけで過ごしてきました。
靴履くの、ちょっとコワいです。

夏の間はサンダルで過ごそうかな。