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太安萬侶展2023年11月18日 20時43分15秒

今日のランチは大和高田で喜多方ラーメンを食べました。

坂内という店。数日前にパパが検索で見つけたんですが、これが最初で最後になりそう。
11月26日で閉店の張り紙がありました。


今日の本来の目的は橿考研博物館で開催中の「太安萬侶」展。

招待券があった&26日まで
ということで「今日行かないと!」と慌てて行ってきました。


行ってみたら「関西文化の日」とかで無料デー。
ほんで、いままで見たこともないぐらいヒトがいてビックリ!(゚Д゚;)

わたし的には、多少お金がかかってもヒトが少ないほうが好きなんですけどねー(^_^;)


古事記編纂の太安万侶展だったので神話的な展示もあるのかと思いきや、めっちゃ考古的な展示でした。当たり前か(^_^;)

火葬墓とか骨蔵器とか。

平城京出土の土器類とか。


今日はあまり写真を撮っていないです。
多神社の太安万侶神像。

田原本の多神社、パパと行っているんだけどブログが出てこないです。
書いていないのかな?


墓誌や一緒に見つかった真珠も展示してありました。




常設展示室の太安万侶墓の模型。







田原本の多神社ですが、ブログを遡って見てみたところ、どうやら書いていないようです。
行ったのは2021年5月15日。

唐古・鍵遺跡で有名な田原本町に”多(おお)”という集落があります。弥生遺跡もあるんですよ。
多神社はそこにあります。正式には多坐弥志理都比古(おおにいますみしりつひこ)神社。

多は太安万侶ゆかりの地です。



太安万侶もご祭神のおひとりです。


まろちゃん。





多神社の道を挟んだ南側にある小杜神社。
こちらのご祭神は太安万侶。







墓誌が見つかった墓は奈良市此瀬という、奈良盆地東方の山中なんですが、多集落にも太安万侶墓の伝承地があるみたいです(行ったことないですが)。
上の常設展示室のお墓の模型を見てもらったらわかるんですが、木炭槨があるでしょう? 
放射性炭素年代測定したところ、安万侶没後しばらくたっての年代が出たらしく、そのことからこの墓は改葬墓説があるそうです。
地元の伝承地が初葬墓なんですかね。
だとしたら、地元の人たちの太安万侶に対する思いの深さが知れます。お骨を移動させた後も千数百年伝え続けているという・・・・。