乙2期 予科練と飛練の間の空白期間について ― 2025年08月30日 15時11分44秒
先日出した進級表ですが、乙2は予科練(赤枠で囲った部分)と飛練(青枠で囲った部分)の間に数か月分の空白期間があります。
この表の、予科練飛練間の空白部分(黒枠)を拡大して、ちょっと書き込みしてみました。
赤枠が予科練期間、灰色枠左が艦務実習期間、灰色枠右が操偵検査期間、青枠が飛練期間です。
艦務実習に入った日付が9年の5月1日です。
艦務実習を終えて霞ヶ浦航空隊付になったのが8月22日、第二期飛行練習生を命じられたのが10月1日なので、8月22日~9月30日までが操偵検査期間ということになるのでしょう。
艦務実習中の写真

以前出したことがあるのですが、9年6月7日、伊香保行軍時の集合写真。
写っている練習生たちはほぼ名前を入れてありますが、若干、わからない人がいます。
ペンネントは大日本軍艦愛宕と大日本軍艦高雄。
知人からの情報提供で、乙2期はあと摩耶でも艦務実習をやっているようです。
倉町先生が乙1の艦務実習は「戦艦「金剛」、「霧島」、「伊勢」の三艦」と書いていますが、乙2は現時点でわかっているのは「愛宕」、「高雄」、「摩耶」。写真に写っている人数的にも(愛宕・高雄で60名ぐらい)、戦艦よりも小所帯の重巡であることからも、もう1艦あったのではないかなと想像しています(2期で予科練を卒業したのは124名)。

これは日付はなかったようですが、9年の6月中頃から8月22日までの間で、愛宕艦上で撮られたものでしょうか。
南方での航海だと、内地で一種の時期でも艦内で二種を着用しているんでしょうかね?
イス列中央の大佐はネット検索して出てくる宮田義一艦長によく似ています。宮田艦長だとしたら、オフィシャル度の高い集合写真だと思うので、艦務実習終わりの退艦時の可能性が高いかなと思います。
こちらも写っている練習生はほぼわかっています。
明らかに操偵検査時の集合写真はこれ。

9年9月の添え書きがあった鹿島神宮御手洗池。
なぜか靴を脱いでいる人がいます(^_^;)、小山内末吉さんとか。

なんで脱いじゃっているのでしょうか💦
鹿島神宮のサイトに「昔はここで参拝する前に禊をしました」と書いてあるのですが、そういうことなのでしょうか。
あー。そう思って再度みなを観察してみたら、手ぬぐいみたいなものを持っている練習生もいます。池に入ったのか。

よく見ると、練習生たちの背後の鳥居には屋根がついています。
両部鳥居というらしいです。有名なところでは宮島の厳島神社の海中に建てられている鳥居でしょうか。

じつはわたし、ここに行ったことがあってですね。
2017年なんですが、そのときの写真を見たら池の鳥居には屋根がついていません。石のように見えますね。
ネットで古写真を探したら、屋根がついているものもありました(年代不明)。
鳥居が木製なのもありました(年代不明)。
何度か建て替えているのでしょうね。
この時点でまだ操偵検査中なので操偵入り乱れて写っています。
人数的に見て、もう1グループあったことは明らかです。
操偵検査期間の写真、もう1枚あります。

乙2松永喜三男さんの写真です。
9年9月16日2期飛行練習生と操練25期の人が写っているらしいです。筑波山登山。
時期的に操偵検査の時期です。
松永さんは御手洗池写真には写っていないので、もしかしてここに写っている2期の人たちがもう1グループの人たちだろうかとも思ったのですが、関口一三さんがどちらにも写っているんですよね💦
筑波山登山写真は個人のお顔判別がなかなか困難なので、この写真に誰が写っているのか、全員はわからないかなあと思います。
愛宕艦上と御手洗池は正確な日付がわかりませんが、おおよそこんな感じです。
今日、これを書きながら「あれ? ○○さんか!」とわかった人もいるので、もう少し研究してから改めて紹介したいと思います。
とりあえず、今日は乙2期の予科練と飛練の間に撮られた写真ですよ、という紹介です。
※画像は乙2浅川三雄さん、松永喜三男さんご家族ご提供




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