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進級表 改訂版22025年08月26日 10時01分11秒

昨日出した進級表改訂版、丙飛の方の4等兵時代が1ヶ月多くなっていたので、訂正しました。



丙3の予科練・飛練期間も追加してみました。

進級表 改訂版2025年08月25日 20時39分19秒

進級期間の表、改訂しました。

改訂点

・操練・偵練・丙飛の方を加えてみました。時期差あります。

・乙6と乙7で、月のなかばに進級していることがあったのですが、わたしの(Excel&llustratorの)技量未熟の為、「ひと月」単位以外で処理ができずに適当につじつまを合わせてひと月単位で表示していました。
甲飛の進級表を作る際、どうしても3等兵期間と2等兵期間が「半月」であるということを表示する必要に迫られ、研究した結果、半月単位で期間を表示することが可能になったので、乙6と乙7も正確な期間に近づけた表示に直しました。
いままで出した3つのうち、これが一番正確です。

・もし、自分のご先祖様の進級期間も可視化してみたい、という方のために、最下段に空白行を設けました。一枠ひと月ですのでご自由にどうぞ。



進級表 甲飛追加2025年08月25日 08時24分39秒

先日、乙2の進級の件で作った下士官兵の進級期間の表に甲飛1・2・4・10期を追加してみました。
ただ、甲2部分は精度が低くて、2等航空兵曹と1等航空兵曹(たぶん1等飛行兵曹)に進級した時期がわかりませんでした。


少しはわかりやすくなるかなと思って色も変えてみました。
薄い色味が兵期間で、濃くしたのが下士官期間です。



甲飛の進級スピードを可視化したら「ひいっーーーー!( ゚Д゚)」ってなるよ、って言いましたが、こうやって見ると、ひいっーーーー!( ゚Д゚)なのは甲1~4の2等兵・3等兵期間で(それぞれ2週間)、それに比べるとほかはそんなにひいっーーーー!( ゚Д゚)ってほど短くはないですね。
甲10の3等兵曹・2等兵曹(甲10当時はそれぞれ2等飛行兵曹・1等飛行兵曹)期間は合計13ヶ月で、さすがに短いかなとは思います。あっという間に上飛曹(昔の1空曹)に進級しています。
浅川さんの時代の1空曹といえば善行章2線のベテラン搭乗員だったのが、甲10のころは善行章なしのまま上飛曹進級です。※善行章は無事にお勤めすれば3年に1線付与







前回、説明をバサーッとカットしたんですが、初めて見る人に対してはさすがに不親切だと思うのでちょっと補足しておきます。


①乙2期の予科練と飛練の間に空白期間があるのは、この期間に艦務実習と操偵検査をやっているからです。浅川さんを例にとると、
昭和9年5月1日 第二期予科練習生教程卒業
同日        艦務実習ノ為愛宕ニ乗組ヲ命ズ
昭和9年8月22日 霞ヶ浦海軍航空隊附ヲ命ズ            
昭和9年10月1日 第二期飛行(操縦専修)練習生ヲ命ズ




②「飛練」とひとくくりにしていますが、期によって内容が違います。
上の表で飛練期間を表示している中で乙2~乙8、甲1・2は初練と中練が飛練期間の内容です。
実用機(艦戦とか艦攻のように機種ごとの訓練)は飛練卒業後に延長教育という形でやっています。
甲4は初練、中練、実用機が飛練。
乙9・10は初練をすっ飛ばしていきなり中練&実用機。
甲10も中練&実用機。日米開戦前に飛練を終えた甲4や乙9の実用機は5ヶ月ほどやっているのに対して、18年中頃から飛練をやった甲10(戦闘機・笠井智一さん)の実用機は2週間強です。
本来、専門の機種だけでも5ヶ月ほどかけてじっくり教えていたものを、2週間で戦闘に使える状態に持って行けるとは到底思えません。
2週間の実用機教程で特技章を与えて、実施部隊に送り出した後、そこで本来飛練でやるべきようなことをやっていたようです。笠井さんの場合、飛練後着任したのが263空なのです。そこでの訓練の様子などを聞いたことがあるのですが、実施部隊での練成というより、飛練の延長のような印象を受けました。
ついでに言うと、笠井さんの飛練体験に関しては、中練の訓練に入る前にグライダーをやったという話もされていました。理由も聞いたんですが記憶があいまいです(←わたしの)。「飛行機がなかった」だったか、「飛行場がなかった」だったか、そんなことを言われていたように思います。

個人の感想ですが、笠井さんの頃には完全に海軍の搭乗員養成の制度は破綻していたんではないかなと思います。
練習生ばかり増やして、教える人も機材も時間も完全に足りていなかった印象です。




③あと、操縦と偵察で飛練期間が違う場合があります。
ここで参照したのは操縦の人ばかりですが、操縦より偵察の方が飛練期間が長い場合があります。




本当は飛行練習生制度を全期きちんと内容を調べたいんですが、能力の問題でできていません。
誰かやってー💦

乙2期 進級2025年08月23日 10時48分36秒

乙2期は昭和6年6月1日に予科練に入隊しているクラスです。7年後入隊の乙9期の進級状況とずいぶん違うのでたいへん興味深いです。

2期の進級状況。

昭和6年6月1日  4等航空兵
昭和7年4月28日  3等航空兵
昭和8年4月28日  2等航空兵
昭和9年5月1日  1等航空兵
昭和10年11月1日  3等航空兵曹
昭和12年5月1日  2等航空兵曹
昭和13年5月1日  1等航空兵曹
昭和15年5月1日  航空兵曹長


ちなみに9期。

昭和13年6月1日   海軍4等航空兵
昭和13年9月1日   海軍3等航空兵
昭和14年8月1日   海軍2等航空兵
昭和15年6月1日   海軍1等航空兵(昭和16年6月1日海軍1等飛行兵に名称変更)
昭和16年10月1日   海軍3等飛行兵曹
昭和17年10月31日   海軍2等飛行兵曹(昭和17年11月1日海軍1等飛行兵曹に名称変更)
昭和18年11月1日   海軍上等飛行兵曹
昭和20年5月1日   海軍飛行兵曹長

※全員ではありません。様々な事情で遅れている人もいます。



「文字で見てもいまいちピンと来んよなー」

と思って、どれぐらいの期間で進級しているのか、表を作りました。



最初は「2期と9期がわかればいいか」と思って作っていたのですが。



あとからあとから、「あれも、これも」となって、最終的にこんななってしまいました。
1期~10期まで。
兵と下士官の進級期間です。空曹長(のちの飛曹長)になるまでの状況です。
階級は煩雑さを避けるために、「16年6月に航空科から飛行科に変更になった」&「17年11月に階級が名称変更になった」は反映させていません。
月半ばで進級しているときは適当につじつまを合わせています。

1期と3期、4期は資料がないので空白です。※予科練期間は『予科練外史』から
それ以外の期の進級状況はご遺族の方からご提供いただいた履歴等を参考にしています。



そもそもこれをやろうと思ったきっかけは、2期の4等兵時代が11ヶ月もあったので、
「え? そんなに?」
と思ったことでした。
ちなみに9期は4等兵は3ヶ月です。
写真を見るときにどうしても階級を見るのでね。
まさか2期の4等兵時代(階級章なし)が11ヶ月もあるなんて。


甲飛の進級速度も並べたら興味深いと思いますが、速すぎて「ひいっーーー!( ゚Д゚)」ってなりますよ。


表の細部に関してはいろいろと説明しないといけないかなあと思うこともあるのですが、今日は割愛します(以前説明していることもあるので)。

乙10期藤本久夫さんの集合写真の謎の人2025年08月06日 14時29分41秒

最近、すごく複雑な気分になる出来事がありました。


わたし、ツイッターのアカウントを持っているのですが、最初はブログ更新の告知に使うつもりで、ヒトからフォローしてもらうばかりで、わたしからは誰もフォローしていません。
いまはブログ更新の告知以外のくだらないツイートの方が多いです。
そういうアカウントなのでほぼ過疎っていて、ふだんは「いいね」多くても一桁後半ぐらいです。
くだらないつぶやきだとふつうに「0」です。


わたし渾身の全力投稿、加賀の飛行甲板の風向標識に関する記事、あれはツイッターアカウントのトップに固定しているのですが、1年半以上経過して今日時点でいいね31です。

いや、別にいいんですよ。

別に何万もいいねもらってバズりたいとかそういう話じゃないんです。




数日前、乙2の人どこかに写っていないかなあと手元の集合写真点検の続きをやっていました。
乙10期の藤本久夫さんの飛練教員時代の集合写真を見ていた時でした。

これなんですけどね。


イス列の右端に、見たことのない帽章と襟章の人が座っていることに気づきました。
またしても「いまさら」事案だーーーー!(;゚Д゚)

この人ですぜ。

「はいィ!? 何者でしょうかっ!?(;´Д`)」



お顔アップです。



帽章アップです。


ちなみにこの人が着ている軍服は士官の一種軍装に見えますが、帽章や階級章は明らかに海軍士官のものではありません。


これは少尉で終戦を迎えた搭乗員さんの士官帽の帽章です。
見比べてください。

まず上の人の帽章には中央てっぺんの桜花がない。
そして錨マークの中ほどに何やら山形のギザギザが入っています。

検索してみました。
検索のしかたが悪かったのか、まったくわかりませんでした。

で、ツイッターで、この人の画像を出して、
「この人、どういう方でしょう?」
と聞いてみました。

そうしたところ、リツイートしてくれるフォロワーさんがいたおかげか、フォロワー外の方(鳴神堂6月1日Vショー出店3階E-5 Ph.Dさん.)から、
「昭和6年制定、17年改正以前の海軍文官従軍服を着用しています。袖線から判任官のように見えます」
とご教示いただき、国立公文書館デジタルアーカイブの関係資料までご案内いただきました。

帽章、襟章、袖章の詳細が載っていました。

わたしはすっかり見落としていたのですが、資料によると、袖に入っている線もふつうの海軍士官の線と違い、山形になっていました。その線の数や太さで高等官何等か判任官か識別できます。

同じく襟章からも判任官のようです。



「飛練の文官教官なのか」
と思い、翌日に、「解決しました、あざーっす!」って意味でこの投稿をあげたら、どういうわけか知らない人から「いいね」たくさんもらっちゃって加賀飛行甲板風向標識記事をあっという間に上回っってしまい、いま非常に複雑な心境――というわけです。

風向標識の記事は、あれ書くのに何か月いや年レベルで費やした労作です(自分で言うな)。
ひとりで書いた記事ではなく、空母に詳しい知人をかなり煩わせてあそこまで書きました。

なので、今回みたいに「これなーに?」から始まって「解決しました」って報告のポストにたくさん「いいね」いただいてなんか複雑です。

他人には見えないと思いますが、ほとんど知らない人ばかりでした。
知らない人からいいねもらったらいちおうその人のアカウントを見に行くのですが(ふだんそれぐらい知らない人からの「いいね」がない)、世の中にはいろんなことを極めている人がたくさんいるのですねー。
「うわあ! すげえ!」
って人たちがたくさんいました。
やはり軍、海軍関係のあれこれを深掘りしている人が多かったです。マニアックというか(^_^;)


ツイッターにアクセスできる人はぜひわたしの投稿のコメント欄や引用リツイートも見てみてください。
この軍帽の帽章現物を所有されている方もいらして、現物写真をアップしてくださっています。
まあ、たぶん、こういう方々のおかげもあってたくさんの方の目に触れたのかなと思いますが。


わたしはというと、海軍文官の判任官の帽章と教えてもらってから検索したらいくつか写真が出てきて、「なるほどこんなデザインなのか」とわかったのですが、ヒトの写真を勝手に自分のサイトに載せるわけにはいかないので、最初のご教示でリンクを貼ってもらった国立公文書館の資料に描いてあった帽章のイラストをトレースして着色して出しました。

けっこう時間かかったんですよ。
暇かっ!って自分で突っ込みたくなるぐらい時間かかりました。

現物はわたしのツイッター投稿のコメント欄や引用リツイートにあげてくれてはるんでよかったら見てください。





その後、海軍文官の高等官とか判任官とかぼちぼち調べているのですが、新たな疑問も沸いていて本腰入れてやるかどうか(^_^;) ちょっとわからないですが。

とにかく海軍文官のこの軍装(いや武官ではないので「制服」というべきか)の人っていままで見てきた集合写真の中で一度も見たことがないので、どうして藤本さんのこの写真だけに写っていたのか、本当に文官教官なのか(あるいは文官教員?)、追求したい気持ちはあります。



ちなみに9期の文官教官の集合写真はこちら。
みなさん背広姿。



授業中の姿はこちら。
これは倉町先生かもしれません。


こちらの教官は練習生に板書させて、自分は教室内からその様子を眺めています。



何か組み立て中ですかね。教官は白衣。




※画像は9期、10期生ご遺族ご提供