真珠湾攻撃時の加賀艦攻隊 予備員比率に関して ― 2026年09月10日 11時24分33秒
またツイッターネタでスイマセン。
8月29日のことです。
海軍写真を投稿している人が、真珠湾攻撃時の航海中、赤城から見た加賀と瑞鶴(遠方)を撮影した写真というのをアップしていたんですよ。
加賀も瑞鶴も飛行甲板に飛行機をあげているように見えたので、引用リツイートしてわたしもちょっとつぶやいたのですが。いつの撮影かなー?みたいな。
その引用リツイートにコメントを入れられて、この写真↓の予備員のことを聞かれたんですよね。
興味のある人はツイッターで探して見てもらったらいいですが。

「人数を数えたら93名いる、飛行機は26機だ、15名が予備員だ、なぜなのかご存じですか」と。
最初、何を聞かれているのかわからなくて返事をしていなっかったのですが、あんまりかなと思って「質問の意図がわからない」と返したら、「予備員が多い、なぜ20%もの予備員がいたのか。写っているのは搭乗員だけではないのか」という質問の意図だったらしいです。
まずすぐに返事できることから書きます。
写っているのは全員搭乗員、と、わたしは思っています。
加賀は16年正月飛行初めの集合写真で、1航戦幹部・加賀幹部たちが飛行服を着て写っている――というイレギュラーな写真が存在するのですが、それ以外は基本的に飛行服を着ているのは搭乗員、と思って間違いないと思っています。例外があるかもしれませんが、わたしはいまのところ加賀16年飛行初め写真以外で、搭乗員以外の幹部たち(司令だったり、副長だったり)が飛行服で写っているのを見たことはありません。
おそらく整備員も飛行服を着てこういうオフィシャルな集合写真におさまることはないんじゃないかと(わたしは見たことがありません)。
それから、予備員の割合に関してですが。
そのとき、返事をするためにちょっと具体的に数字を出したので、せっかくなのでブログに書いておこうと思います。
まず、加賀の艦攻隊の予備員が多いとか少ないとか考えたことがなかったです。
というのも、真珠湾時の他艦(赤城、蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴)と比べたことがないし、それ以外の時でも空母の飛行機数や搭乗員数(予備員込み)を調べたことがなかったので。飛行機数はわかるかもしれないですが、その隊に搭乗員が何人いるかってなかなかわからないんじゃないですかね。
たまに、編制表にはお名前が一度も出て来ない人が集合写真には写っている、ってこともあるんですよ。奥深いです・・・・。
いままで考えたことがなかったので実際どうなのか、数字を出そうとしていますが、前提として、真珠湾時の加賀艦攻隊は搭乗員の総員数は不明です。
いちおう写真には93名写っていて、わたしはこの写真のことを「加賀艦攻隊総員集合写真」と呼んでいますが、どんなに探しても出撃搭乗員のおひとり「武田友治さん」が見つけられません。写っていないんじゃないかと思っています。他にも写っていない人がいる可能性もあります。
予備員が何人いたかも正確にはわかっていません。
とりあえず(”武田友治さんが写っていないかもしれない疑惑”はひとまず横に置いておいて)、この写真に写っている93名を総員ということにして、出撃26機なのでそれで計算してみましょうか。
26×3(艦攻は3人乗り)=78
ということは15名が予備員ということになります。
15÷93=16.1
単純に写真から計算したら16.1%です。
わたしは加賀はもともと27機で出撃する意図があったと思っています。最終的に26機になったいきさつに関してはいま調べ中なので書けるときが来たら書きます(以前から書いている三上大尉の件だけではなさそう)。
ということは搭乗員ももともと27機分の出撃搭乗員がいたわけで、そうなると、
27×3=81
当初予備員は12名だったことになります。
12÷93=12.9
コメントをくれた人が言っていた「20%」は加賀に関しては当てはまらないですね。
じゃあ、16%や13%が多いか少ないかに関しては、比較対象がないのでそれもわからないです。
なので、真珠湾時の他艦もちょっと見てみましょう。
赤城は予備員がほぼわかりません。
艦攻隊総員集合写真もないし、真珠湾からの帰りの編制表も見たことがありません。
2航戦(蒼龍・飛龍)は帰途、真珠湾に参加しなかった搭乗員も加わってウェーク島攻撃などを行っているので、ある程度予備員の氏名が判明しています(まったく搭乗機会がなかった搭乗員もいるかも知れませんが)
瑞鶴もほぼわかりません。
翔鶴の方は、9期生はKさんご協力&島田清守さんの日記などから「ちょっとわかる」ぐらいの感じです。とても割合を出せるような状況でないことは、赤城、瑞鶴と同じです。
加賀編制表
ここには7名しか書いていませんが、集合写真から氏名推定している人(もうひとつ確証が足りない)や、集合写真の氏名不詳者などがいます。
集合写真には93名写っているので、そちらから予備員数を出して計算しています。
蒼龍編制表
出撃機数18機(18×3=54)、予備員13名
飛龍編制表
出撃機数18機(18×3=54)、予備員15名。
※各艦の出撃搭乗員、予備員はアジ歴の編制表、文末の参考文献などから記入しています
まとめるとこんな感じです。
加賀は実際の出撃数26機で計算した場合16.1%。
予定していたであろう27機で計算した場合12.9%。
蒼龍は19.4%。
飛龍は21.7%。
空母の規模から想像するに、1航戦(赤城・加賀)はほぼ同程度の予備員がいたのではと。
13~15%程度。
2航戦は20%前後。
5航戦(瑞鶴・翔鶴)はまったくわかりません。
出撃機数から1航戦と同程度では?と思いたいのはやまやまなんですが、5航戦は任務がちょっと特殊ですよね。2次攻撃隊の静的への水平爆撃のみなので、搭乗員を集める段階からそれを想定した予備員数を集めていたかどうか、そういうこともわたしにはまったくわかりません。
※1航戦・2航戦は1次攻撃隊で、動的目標への水平爆撃と雷撃。
素人考えでは、対空砲火の中、目標艦に肉薄する雷撃隊が一番被害が出そうなイメージはありますし、実際、そうなってしまいました(加賀雷撃隊12機中5機未帰還)。その予測が予備員の数に反映されているとすれば、5航戦の予備員数は1航戦と同程度でない可能性が・・・・。
5航戦の予備員がどれほどの割合だったのかはまったく不明ということで。
これは真珠湾攻撃時の、「加賀→集合写真から」「2航戦→ウェーク島攻撃などの編制表などから判明している」予備員だけで計算した結果です。
ここに表れていない予備員もいる可能性もあるので、正確な数字ではないことはご了承ください。
※画像は9期生ご遺族ご提供
吉良敢・吉野泰貴『真珠湾攻撃隊 隊員列伝』大日本絵画
大島隆之『真珠湾攻撃隊 隊員と家族の八〇年』講談社現代新書



