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乙9期 舞鶴海兵団《後編》2013年09月06日 17時34分05秒

9期の舞鶴海兵団所属の操縦専修生の続きです。

今回、石川さんのアルバムにあった雄飛の松集合写真。

写っているのは操縦専修生で、みなさん、軍帽のペンネントに所属海兵団が書かれています。

で、舞鶴海兵団のペンネントの方が3名。

お一人は大西要四三さん。



あとお二人が谷田部写真に写っていない人です。



この人・・・・。
わたし、石川さんの写真を見るまで、この人のことをつかんでいませんでした。
”つかんでない”というのは、要するに、わたしの脳内の「9期生顔認証ソフト」が正しく機能していなかった――ということです。

本当に「ごめんなさい」です。

この人のこと、めっちゃ見ていたのに全然気づいていませんでした。

羽藤さんの1学年時の班・12班のこの人↓だったんですよね(^_^;)

「この人、操縦ちゃうから偵察員やろう」
と、偵察員に振り分けていました。

石川さんの写真で気づきました。同じ人のようだーーーー(>_<)

中攻操縦専修生の集合写真にも写っていました。


で、舞鶴海兵団の人です。
ということは、谷口十七夫さん、中門清司さん、小林為雄さんのうちのどなたかです。

小林為雄さんの「おもいで」の中に貴重な証言がありました。
「十二班の伍長だった」

12班って、羽藤さんの班です。

ということは・・・・(^_^;)




もう一人。
この人、よく見る人です(^_^;)

前川重美さん(偵察)とツーショット。

松本勝正さんともうお一人操縦の方が加わった4人で。

めっちゃ気になっていました。
「この人、だれやっ!?」

今回、石川さんの写真でこの人が「舞鶴海兵団」であるとわかったわけです。

中攻操縦専修生の集合写真に写っていることから、谷口十七夫さん、中門清司さんのうちのどちらかです。


この人の名札。
同じ整備実習の集合写真から。
石川さん所有分。

羽藤さん所有分。

「谷口」に見えますか? 「中門」に見えますか?


舞鶴は人数が少ないからこういう作業ができますが、横須賀、呉、佐世保はかなり手強いです。

チーズケーキ PABLO2013年09月07日 12時29分06秒

パパがちょーしつこい!

「載せてくれた?」

「載せてくれた?」

「載せてくれた?」

数時間おきに聞かれるので載せておきます。



昨日、パパは会社の健康診断でした。

心斎橋。


出て行ったあとで、
「しまった・・・・心斎橋ならアレを頼んでおけばよかった・・・・」

少し前の話ですが、こっちのテレビで行列のできるチーズケーキ屋さんがよく取り上げられていて、
「食べてみたいな~、でも行列に並ぶのイヤだな~」
なんて思っていたのです。



ところが!!

頼んでもいないのにパパがそれを買ってきた!!(・∀・)
※「行列に並んだこともちゃんと書いておいてね♪」


PABLOのチーズケーキ!!
しかも、2ホール買ってきてですね!!(^O^)

ミディアムとレア。



昨日はとりあえずレアを食べてみました。
中、トロトロでした~(*^O^*)

甘さも控え目で「ぺろっ」だったわよ!!(・∀・)

今日のトサキン2013年09月08日 09時54分42秒

今日のトサキンさんたち。

1号が色うすうすです(^_^;)

もはや黒子と呼べないような色(笑)

2号はまだビミョーにフナ色(笑)

元気だからまあいいか(^_^;)


でも、一番元気なのはエサももらっていないマツモさま(・∀・)
もはやトサキンさんにとって”邪魔”な存在!?


というわけでもなく、夜は水草の下に隠れて寝ています。

乙9期 12班(羽藤さんの班)2013年09月08日 10時28分27秒

羽藤さんの班の研究をしたいのです。
具体的に言うと、お顔とお名前を一致させたい――15班のように。

でも、ありがたいはずの生存者の証言がそれを困難にしています(^_^;)

本間猛さんの手記に、Hという罰直狂の教班長のことが出てきます(手記では実名)。
「これは後のことになるのだが、H教育とは関係なく、われわれ九期を代表する戦闘機乗りが、このH班から二人も出ている」
「その一人森田勝は・・・・(中略)・・・・もう一人は愛媛県出身の羽藤一志」
「ちなみにこのH班十二名は全員戦死、いまは往時を語る友もいない」

わたしが9期の写真を分析した結果、羽藤さんと森田勝さんは1学年時「同班ではない」ということは確認しています。

では、羽藤さんの1学年時同班はどういう人がいたかというと――。

この写真が一番わかりやすいので。


【前列左から】
偵察。

偵察。

教班長。

羽藤一志さん。
戦闘機。

偵察。

操縦。
艦攻か元から戦闘機。


【後列左から】
操縦。
昨日紹介した舞鶴海兵団の人。中攻操縦専修生集合写真にお顔あり。

偵察。

森田守さん。
艦爆→戦闘機。

操縦。
中攻操縦専修生集合写真に写っていないので、艦攻か元から戦闘機の人。
たぶん○○さんだろうなという段階。

操縦。
中攻操縦専修生集合写真に写っています。

宮本一さん。
偵察。



9期は1班から16班までの構成で、各班12、3名です。

羽藤さんのこの班は「12班」である、と断定しました。

根拠はこの写真です。東京行軍宮城前ニテ

「おもいで」の生存者証言を分析して、ここに写っているのが9班から16班まで。
前列左から右に向かって9班、10班、11班、12班、後列左から右に向かって13班、14班、15班、16班と、ほぼ班ごとにきれいに固まって写っていると判断しました。



「おもいで」の中にある、12班やH教班長に関係する証言。
小笠原武夫「入隊時同組、十二班」(藤代)
関明水「Hバッツンの班」(本間)
蒲田栄作「第十一班、H罰チョク教班長の班」(本間)
金田吉武「入隊時同組、H教員にはお互いに手こずったものだ・・・・(中略)・・・・君達の班員はその異常なまでの厳しさに耐えた」(藤代)
福山清武「君は入隊時十二班、H教員のところだったね」(藤代)
立井義春「入隊時は十二班だったネ」(藤代)
小林為雄「隣班十二班の伍長だった」(阿部)


ここでは本間さんはH教班長の班を「十一班」と書いています。
で、「11班」・「H班」と書かれている蒲田栄作さん(偵察)。
お顔がわかっています。
雄翔館所有の氏名入り写真によると、この人が蒲田さんらしいです。
が、羽藤さんの12班にはもちろん、現時点では「宮城前ニテ」の11班のあたりにも見当たりません。

「おもいで」や手記を読んだ印象ですが、・・・・本間さんには大変申し訳ないのですが・・・・藤代さんの記憶の方が信憑性が高いような・・・・?

藤代さんは15班、本間さんは16班と、12班と班が近いのは藤代さんの方です。
藤代さんの方が強烈に12班のことが印象に残っていたのかもなー。

というわけで藤代さんの証言を重要視すると――。

「おもいで」で藤代さんがはっきりと12班だったと証言しているのは、小笠原武夫さん(偵察)、福山清武さん(戦闘機)、立井義春さん(偵察)。
金田吉武さん(偵察)は・・・・どうでしょうか、12班であるとも12班ではないともとれる証言ですが・・・・。
あと、阿部健市さんが隣の13班だったわけですが、小林為雄さんが12班伍長だったと証言しています。これも信用してよいと思います。

不思議なことに、12班であると確認できている羽藤さん、森田守さん、森田豊男さん、宮本一さんに関しては、どなたも「12班」だとか「H班」だとはっきり書いていません。




昨日紹介した舞鶴海兵団の人。
小林為雄さんではないかと思っているのですが、「思っている」段階で、まだ断定していません。
というのも、12班にはもう一人中攻操縦専修生集合写真に写っている人がいるからです。
冒頭の集合写真、後列左から5人目の人です。
※中攻操縦専修生集合写真

石川さんの雄飛の松写真で舞鶴海兵団の人を見つけるまでは、この人が小林為雄さんではないかと思っていました。
でも、「そんなはずないよな?」とも思っていました。
というのも、小林さんのあだ名が「○○(←有名人)」だったらしく、どうしてもこの人が「○○」には見えなかったからです。

9割方、
こちらが小林為雄さんだと思っているのですが、上の人がどなたかわかるか、あるいは残る一人の舞鶴・中攻操の谷口十七夫さんがどの人かわかるかしないと、断定はできないかな。


手許に山﨑市郎平さんのところからお借りしている705空の隊誌があり、そこに飛行科の集合写真があります。
705空に所属していた9期生はお顔を把握できている操縦だけでも小林為雄さん、西山昇さん、島子栄二さん、今村文三郎さん、杉本栄さんがいるので、鮮明な写真であれば絶対にわかる自信があるのですが、まあ、何というか、ドットの粗い写真で・・・・(^_^;)
まったく、お一人もわかりません(ToT)
いつ、どこで撮られた写真かもわからないのですが、小林為雄さんや杉本栄さんは在隊期間が長いので写っている可能性大のはず・・・・。これのオリジナルが見たい・・・・。


本当はこんな”あやしい”段階で出すべきではないのでしょうが、自分の中に置いておいてもこれ以上進展する確証はありません。
あやしくてもここに出しておいたら、もしかしたら本人をご存じの人が見て「違う」とか「そうだ」とかご意見いただけるかも、という淡い期待があって出すことにしました。

※画像は羽藤さん、松本さんご遺族、雄翔館提供

伊賀上野城2013年09月09日 10時24分53秒

昨日はパパと伊賀上野城に行っていました。


復元天守閣。
私財を投じて復元してくださった方には申し訳ないのですが、わたしは復元天守閣や復元櫓より、何もしていない石垣の方が好きです♪

400年・・・・という年月の流れを感じさせてくれる風情がたまりません。







復元○○は当時の姿が偲べるという点ではよいですが、逆に自分の妄想(笑)の邪魔をしてしまう場合があります(^_^;)


伊賀上野と言えば忍者!( ^o^)ノ
団体客もいたし時間もおしていたので、今回はここはパス。
忍者装束で観光している人たちがいました(^_^;)


そもそも、どうして伊賀上野に来たかというと・・・・。

昨日は春海の記録会でした。競技終了まで5時間ほど”暇な時間”ができたから上野に来ました(笑)
昔は友だちやパパとよく上野に来ました。
今回は10年ぶりぐらいか? そして、たぶん最後。


駐車場を追い出される5時ギリギリまで上野にいました。
おみやげは↓(爆)
生姜味が濃くってよかったです。



19時過ぎに、記録会をやっていたプールに春海とお友だちを拾いに行きました。
春海、1年半ぶりに自己ベスト更新したらしく。
100バック。
何ヶ月か前も100バックで自己ベストを更新したとほざいていましたが、短水路での自己ベストを更新しただけで、依然春海の100バックベストは去年4月の長水路100バックの記録でした。
今回、やっと、やっとこさ、1年半前の長水路のベストタイムを短水路で更新できたそうです。
(他の子たちは長水・短水合わせた自己ベストは短水路で持っている)

自己ベスト更新と言っても、やっと4年生が出すぐらいのタイムになった、っちゅうだけです(ToT)

パパが、
「ベスト更新したら水着かキャップを買ってあげる」
と約束していたみたいです。
約束してもしてもしてもしてもしても・・・・果たされることがないので、ま、約束する意味がなくなっていたのですが、今回はパパもうれしい誤算!?(・∀・)

春海の練習水着はもうほとんどへたれてしまっています。
メッシュ状になっていたり、サイズが合わなくなっていたり。
「いまある水着が着れなくなったらプールやめろ」
と言ってあるので、絶対に「これもう着れない」と言ってきません。
ひどい状態の水着を着続けています。

なのに、春海が今回選んだのは「キャップ」。


こんなキャップ見たらコーチが激怒するんちゃうか?(笑)