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『特別史跡の古墳群を語る―岩橋千塚・埼玉・西都原の価値と魅力―』2024年01月21日 12時21分20秒

昨日は梅田で開催されたシンポジウムに参加してきました。

去年申し込みしていたのですが、数日前に当選メールが届きました。
申し込めば当たり前に参加できると思いきや、応募者多数で抽選になったようです。
たしかに会場、ほぼ満席でした。

写真撮影禁止だったので会場での画像はありません。


配られた資料はコレ↓

岩橋千塚は和歌山です。
近くまでは行っているんですが、古墳群のある紀伊風土記の丘の公園地帯には行ったことがありません。行ってみたいなー、って以前から思っています。
このシンポの一環で、今日は梅田集合後バスで向かう岩橋千塚ツアー(学芸員の解説付き)をやっているはずですが、わたしは家から電車で梅田に行ってバスで和歌山、さらにまた梅田にバスで戻ってきて電車で奈良に戻ってくるってルートがめんどうくさくって申し込みしませんでした。現地集合で現地解散だったら申し込みしたかったな~。

埼玉古墳群は言わずと知れた稲荷山鉄剣のところです。
ここも行ったことがないので機会があったら行ってみたいですね~。

西都原は去年の9月にも行ったばかりですが、発表を聞いたら知らないことがいっぱいで、もう1回行きたくなりました。
今度は電動レンタサイクルで。
11月の古墳祭りのときに行ったら、ふだんは入れないエリアに入れるそうです(男狭穂塚・女狭穂塚古墳)。

弥生の御朱印巡り2024年01月08日 22時52分29秒

昨年末に行った家族旅行時に立ち寄った弥生遺跡にこんなポスター↓が貼ってありました。



「弥生の御朱印巡り」

こんな企画をやっているって知らなくて。

このときこの写真は撮っているのに、なぜかこの遺跡の御朱印をもらっていないんですよね。
なぜもらってこなかったのか💦




地元に帰ってきて、唐古・鍵遺跡はもらいに行きました。

一昨日。

まずその前日に唐古・鍵遺跡公園におさんぽに行ったところ、同じポスターが貼ってあるのを見つけ、
「よし、もらおう!」
と思ったのですが、配布場所が唐古・鍵ミュージアム(遺跡公園とは別の場所)だったので、出直すことに。

で、翌日、パパに車で連れて行ってもらったのですが、その場で売っていると思った御朱印帳みたいなものは売っておらず、みなさん、自分で野帳などを用意してそこに押してもらうような感じなんだとか。

唐古・鍵ミュージアムではオリジナル野帳も販売しておらず。

再度、出直すことに。

家に何冊か未使用野帳があったので、その中で弥生表紙のものを弥生御朱印帳にすることにしました。


この野帳は橿考研で購入した野帳で、表紙は清水風遺跡出土の土器に描かれていた鳥装のシャーマン図です。
清水風遺跡というのは、唐古・鍵遺跡のすぐ北にある遺跡で唐古・鍵遺跡の分村ではないかと言われている遺跡です。ここから絵画土器がたくさん出土しています。

清水風遺跡出土土器に描かれたシャーマン図の野帳なんて、弥生御朱印用野帳にぴったりだと思いませんか?
御朱印の第一弾は唐古・鍵遺跡だし。

ちなみに手持ちの野帳でほかに弥生時代表紙は、池上曽根遺跡の大型建物表紙と纒向遺跡の弧文円板表紙がありました。





今日、再び唐古・鍵ミュージアムに行って、御朱印をもらってきました。

これ、無料ですよ。


いくばくか取って、遺跡保護などに使えばいいのにねえ。

唐古・鍵遺跡おさんぽ2024年01月05日 21時38分51秒

年末に1泊2日で家族旅行に行きました。

そのことをブログに書こうと思っていたのですがいまはやめときますね。

それはまた時機を見て投稿しようと思います。





今日は午後、唐古・鍵遺跡をおさんぽしてきました。
遺構展示情報館。
大型建物の柱穴が再現してあります。
独立棟持柱建物です。

↓復元したらこんな感じ。
展示室の隅にあった復元模型。
ただの倉庫なのか、それとも何か祭祀的な建物なのか。
伊勢神宮にこんな建物があったのを見ました。参拝したときに写真を撮った記憶があるのですがすぐに出てきません💦





屋外の公園の中にある大型建物の柱復元(高さ2メートルまで)。
こちらはたしか独立棟持柱を持たない掘立柱建物だったと思います。

方角は東西南北に合っていなくて斜めになっています。
何に規制されているのかな?
(上の独立棟持柱建物のほうはほぼ南北主軸)




柱穴のところから東方の復元楼閣を望む。







上の楼閣は唐古池の西端に復元されているのですが、池の東にまわったら、天理山の辺の道方面がよく見えます。

よく見たら――


竜王山のふもとにわたしの大好きな西殿塚古墳が見えているではありませんか!

以前、前期古墳の分布図入りの自転車旅ルート図を作ったときに、
「あれ? 西殿塚古墳って唐古のちょうど真東になるんやな」
と思ったのでじーっと見て探したところ、ありました。

縮小されたとはいえ古墳前期にも唐古遺跡は存在していたようなので、当時もここから西殿塚古墳が見えたのでしょうか。

いまの”森”みたいな姿ではなく、白いピカピカの古墳が見えていたのかな。

平城宮跡2023年11月24日 23時30分43秒

今日は平日ですが、パパは休みでした。
なので平日ランチのあるところにお昼ごはんを食べに行きました。
ステーキガスト。初めて行きました。
食べ過ぎておなかいっぱいになったので、
「歩こう!」
と、平城宮跡に行きました。

見学の前に痛恨のミス!(ノД`)・゜・。
平城宮跡の中に無料駐車場があちこちあったのに、間違って道を挟んだ有料駐車場(500円)にとめてしまいました。くー!(>_<)



まずは平城宮跡いざない館。
いざない館の前から朱雀門を望む。

いざない館って、以前、電動レンタサイクル旅の途中で見学しました。
今日はパパと春海も一緒に。




↑これやっているの、知らなかったんですよ。
「飛鳥のモティーフ ~葬りのカタチ~」
明日香の終末期古墳の展示。
キトラ古墳の壁画関連や牽牛子塚古墳(斉明陵か?)の出土品、野口王墓(天武持統合葬陵)の復元などがあってなかなか興味深い展示でした。




歩き足りなかったので、東院庭園に行くことにしました。
東院庭園は平城宮跡の東側に張り出した位置にあり、朱雀門からは15分ほど歩かなければなりません。

朱雀門。


平城宮跡の東南隅ぐらいのところに燃えるように紅葉したもみじがありました。


まともに紅葉しているのを見るの、今年初めてかも。
職場のもみじはなんか茶色っぽくなっていてあまりきれいじゃなかったです。


東院庭園。
ここももみじ、きれいでした。





帰りは宮内を通り抜け朱雀門のほうへ戻りました。
これは最近できた大極門。向こうに見えているのは大極殿で、南から朱雀門、大極門、大極殿が一直線に並んでいます。
大極門の横では東楼を作っているようでした。



朱雀門まで戻ってきて休憩~。
カフェで大和茶と植村牧場バニラのミックスソフト。

8000歩ぐらい歩きました。


このあと、春海の推し活の付き合いでファミマ、しまむら、ダイソーとまわってから帰宅しました。

太安萬侶展2023年11月18日 20時43分15秒

今日のランチは大和高田で喜多方ラーメンを食べました。

坂内という店。数日前にパパが検索で見つけたんですが、これが最初で最後になりそう。
11月26日で閉店の張り紙がありました。


今日の本来の目的は橿考研博物館で開催中の「太安萬侶」展。

招待券があった&26日まで
ということで「今日行かないと!」と慌てて行ってきました。


行ってみたら「関西文化の日」とかで無料デー。
ほんで、いままで見たこともないぐらいヒトがいてビックリ!(゚Д゚;)

わたし的には、多少お金がかかってもヒトが少ないほうが好きなんですけどねー(^_^;)


古事記編纂の太安万侶展だったので神話的な展示もあるのかと思いきや、めっちゃ考古的な展示でした。当たり前か(^_^;)

火葬墓とか骨蔵器とか。

平城京出土の土器類とか。


今日はあまり写真を撮っていないです。
多神社の太安万侶神像。

田原本の多神社、パパと行っているんだけどブログが出てこないです。
書いていないのかな?


墓誌や一緒に見つかった真珠も展示してありました。




常設展示室の太安万侶墓の模型。







田原本の多神社ですが、ブログを遡って見てみたところ、どうやら書いていないようです。
行ったのは2021年5月15日。

唐古・鍵遺跡で有名な田原本町に”多(おお)”という集落があります。弥生遺跡もあるんですよ。
多神社はそこにあります。正式には多坐弥志理都比古(おおにいますみしりつひこ)神社。

多は太安万侶ゆかりの地です。



太安万侶もご祭神のおひとりです。


まろちゃん。





多神社の道を挟んだ南側にある小杜神社。
こちらのご祭神は太安万侶。







墓誌が見つかった墓は奈良市此瀬という、奈良盆地東方の山中なんですが、多集落にも太安万侶墓の伝承地があるみたいです(行ったことないですが)。
上の常設展示室のお墓の模型を見てもらったらわかるんですが、木炭槨があるでしょう? 
放射性炭素年代測定したところ、安万侶没後しばらくたっての年代が出たらしく、そのことからこの墓は改葬墓説があるそうです。
地元の伝承地が初葬墓なんですかね。
だとしたら、地元の人たちの太安万侶に対する思いの深さが知れます。お骨を移動させた後も千数百年伝え続けているという・・・・。