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蒼龍艦攻隊 佐藤・金井・花田ペア2025年12月22日 10時40分22秒

昭和16年12月22日、真珠湾攻撃を終えた2航戦の空母(蒼龍、飛龍)は、日本への帰途、ウェーク島攻撃へ。


蒼龍艦攻隊水平爆撃隊の嚮導機ペアを敵戦闘機の奇襲で失いました。
操縦・佐藤治尾飛曹長(操18)
偵察・金井昇1飛曹(偵35)
電信・花田芳一2飛曹(乙8)
※画像は真珠湾出撃前の鹿屋での蒼龍艦攻隊12分隊の壮行会にて



22日のウェーク島攻撃の様子は、攻撃に参加していた乙9期の島田清守さんの日記にも記されています。


島田さんの昭和16年11月・12月の日記原本の画像はブログ右側のリンク先にありますので、興味のある方はぜひご覧になってください。



金井さんは海軍航空隊に関心がある人ならどなたでも知っているのではというぐらい有名な方で、爆撃の神様、海軍の至宝のような存在の方です。
『航空母艦蒼龍の記録』には金井さんの日記が手記ということで掲載されていて、それを読んで、
「人格技量ともに申し分ない完璧な人」
のように思いただただ尊敬していました。

ところが2021年にNHKで放送された『真珠湾80年 生きて 愛して、そして』、さらにその後、番組のディレクター大島隆之氏著の『真珠湾攻撃隊 隊員と家族の八〇年』が出版され、そこで紹介された金井さんの日記内容を知り、かなり衝撃を受けました。
『航空母艦蒼龍の記録』では完璧人間のような日記が紹介されていたのですが、こちらの金井さんは恋愛に悩み苦しむふつうの青年。それ以外の日常もかなりふつう描写が多く、人間金井昇をますます好きになってしまいました。

あまり書くとアレなのでこれぐらいでやめておきますが、ウェーク島で戦死されず無事に内地に戻って来られていたら、金井さんとお相手のお嬢さんの未来はどのような未来が開けていたのだろうか。思っても詮無いことをいろいろ考えてしまいます。

とにかく爆撃に関しては別格であることにかわりはありません。
金井さん、真珠湾時のメンタルはどん底だったと思います。
そんな状態で結果を出す金井さんはやはり爆撃の神様、海軍の至宝であることにかわりはありません。






最近、乙8期生のご家族の方からアルバムをお借りしました。
予科練時代のアルバムのページをめくったところに、

こんな添え書きが。

残念ながらこの写真は剥がされていて、どんな写真が貼られていたのかわかりませんが、添え書きから想像するに、田中一則さん(真珠湾時加賀艦攻隊、752空19年10月24日比島方面、操縦 熊本出身)、矢津田竣夫さん(三沢空17年8月8日ソロモン、中攻操縦、宮崎出身)と花田さんがどこかで撮った3ショットが貼られていたのだろうな思います。
添え書きの書き方から、屋外で横に3人が並んでいるものというより、写真館で撮られたもので、前に椅子に座る矢津田さん、花田さんがいて、後ろ、間に田中さんが立っている写真かな、なんて想像したりしていますが。
わからないですけど。
見たかったですけどね。



卒業アルバムもお借りしたので、卒アルの花田さん。





※画像は9期生ご遺族ご提供、8期生ご家族ご提供

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