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昨日のおやつ2023年06月11日 01時00分28秒

昨日の晩ごはんの後のおやつは珈琲ゼリーにしました。

一昨日の晩ごはんにかぼちゃスープをして、そこに垂らす用に生クリームを買ったのですが、大部分が余ってしまっていて、そろそろ食べないとヤバいかなと思って珈琲ゼリーを作って添えました。




珈琲は、あのパン屋というパン屋さんが最近発売したパプアニューギニア産のドリップ珈琲を使いました。

生クリームはいつものタカナシの純生35。







そういえば吉野ケ里の石蓋の下、やっぱり石棺があったんですね(^^;)
石蓋だけが見えている状態で”石棺”と言ってたので、下がどうなっているのかどうやって確かめたのかなあ?と不思議だったのですが、何らかの方法で下に石棺があるって確かめていたのでしょうかね。

弥生後期とか終末期とか卑弥呼の時代とか言っていますが、それもどうやって確かめたのかなあ? 金曜日だったか担当者が墓壙の埋土から弥生土器片が出てきたって話をしていたけど、それ以前にも時期がわかる遺物が何か出ていたのかな?

石棺の内法幅36センチ。
成人の埋葬施設にしては狭いですね。

ちなみにこれは弥生終末期の纏向のホケノ山墳丘墓の埋葬施設(模型、橿考研付属博物館)ですが、これに比べると吉野ケ里の埋葬施設はずいぶん簡素な感じがします。

平原みたいにあっと驚くようなものが副葬されているとうれしいですけど。

来週中にはいろいろ判明しそうなので期待しています。


とか書いていたらいまめっちゃ揺れて部屋から飛び出して廊下に避難しました。
落ち着いたので戻ってきました。
あー、びっくりした。

久しぶりに自転車旅しました2023年06月11日 12時05分40秒

金曜日(9日)に行ってきました。

数日前に週間天気予報でチェックしたときは金曜も雨だったので、
「ガーン(゚Д゚;)、期間中に無理っぽいorz」
とあきらめかけたのですが、前日から予報は晴れになったので決行しました。


が。
直前まで雨。
橿原神宮前のレンタサイクル屋さんについた時点でもヤバそうな空。


いちおうカッパも持ってきたのでいつものように電動自転車を一日借りしてしゅっぱーつ(*´▽`*)
途中ちょっとぱらっと来ましたが、合羽を着るほどは降りませんでした。


あ、悩んでいたヘルメットパーマ頭問題ですが、いいことを思いつき、解決させました。
前日、風呂上りに髪を乾かすときにガンガン引っ張って伸ばして、最初から全体をペタンコにして行きました。
天才だー!(・∀・)





まわって来た地図↓
じつはこれを作るだけでひどく時間使ってしまって、もうこれだけでブログ書いたことにしようかと思うぐらい疲労困憊しました(笑)
50メートルコンター。

実際、言いたいことはここに詰まっています。

何が言いたくてこれを作ったかというと、明日香のアップダウンを侮ってはいけないということです。
若い人は人力自転車で大丈夫かもしれませんが、わたしみたいな年寄りはムリせず電動自転車を借りることを強くお勧めします。

せっかく電動自転車を借りたのですが、詰め込み過ぎて予定していたところを全部回れませんでした。
行きたかったのに行けなかったところは「〇」で示してあります。
行ったところは「●」。
薄い「●」の場所は今回は行っていないけれど過去に行ったところで場所の目安に入れています。



今回、悪天候にもかかわらず決行したのは期間限定イベントがあったからです。

まわった順に書いておきますね。

五条野丸山古墳(欽明天皇陵か?)
キトラ古墳・四神の館(白虎壁画公開が6月18日まで)
岡宮天皇陵
束明神古墳(草壁皇子墓か?)
文武天皇陵
高松塚古墳壁画館(御墳印をもらいに)
中尾山古墳(文武天皇陵か?)
野口王墓古墳(天武・持統天皇陵)
石舞台古墳(御墳印をもらいに)
岡寺(ランチ&参拝)
安倍文珠院(機位不明に陥り気がついたら門前にいた)
谷首古墳(機位不明に陥り気がついたら石室前にいた)
メスリ山古墳
桜井茶臼山古墳
宮内庁書陵部畝傍監区事務所(御陵印をもらいに)
橿原考古学研究所付属博物館(沖ノ島展が6月18日まで)




牽牛子塚に行ったときに作った人間関係図も出しておきますね。
この方々の陵墓もめぐってみたかったのです。

期間限定公開見たい、陵墓めぐりしたい、御墳印集めたい、紫陽花(岡寺)見たい、御陵印集めたい、初期ヤマト政権の大王墓見たい――欲張りすぎ!(;・∀・)


本当は桜井茶臼山のあと段ノ塚古墳(舒明天皇陵)・赤坂天王山古墳(崇峻天皇陵か?)まで行きたかったのですが、メスリ山時点でバッテリーが残り30%になっていて、
「これ以上の山登りはムリ」
と判断して桜井茶臼山から引き返しました(帰りはほぼ下り&平地)。


いつか段ノ塚・赤坂天王山をメインにしてやり直します。



というわけで詳細はまた今度(-ω-)/

キトラ古墳・四神の館 束明神古墳2023年06月11日 15時29分58秒

9日にまわった場所。
●・・・・今回行ったところ
〇・・・・行けなかったところ
薄い●‥‥以前行ったところ





0900に橿原神宮前駅のレンタサイクル屋さんで電動自転車を一日借りしました。1500円。

最初の目的地はキトラ古墳・四神の館。
いま白虎の壁画を期間限定公開しています。
基本予約制なのですが、当日行って空きがあれば見ることは可能です。
前日の夜に予約サイトを見たところ、たくさん空きがあったので朝一で行けば数回ある見学会のうちどこかに入れるだろうと思って朝一で出かけました。

同系列のレンタサイクル屋さんがキトラ古墳により近い飛鳥駅前にもあるのですが、最終地点を橿考研の博物館に設定していたので返すのに便利のいい橿原神宮前駅で借りました。




先日開拓した明日香への裏道を通ってGO。

途中、五条野丸山古墳の横を通りました。

ここは見学したというより、通りかかったので写真を撮っただけです。





このあと飛鳥駅の前も通りました。
すぐそばに岩屋山古墳があるのはわかっていたのですが、四神の館の開館時間(0930)が迫っていたのでとりあえずそちらに直行。

0929に四神の館のドアの前に到着!
5、6人がすでに並んでいました。
開館後、案内の人に、
「予約していないのですが見れますか?」
と聞いたら、
「大丈夫です」
と当日受付分のカウンターに案内されました。そこで必要事項を書き込んで0945からの見学を待ちました。




特製クリアファイルをもらいましたよー(・∀・)
ちなみに四神の館の入館料は無料です。



白虎壁画は湿度温度を最適に管理した2階の展示室にあります。
そこは写真撮影禁止。
10余名ぐらいで見学しました。
室内に解説音声が流れ、各自で見やすいところを自由に見学するというスタイルです。

壁画のほかに出土遺物や復元品、さらに展示室のミニチュア模型までありました。
この展示室自体が奈文研のドヤポイントみたい。高松塚で文化庁がずいぶんアレだったので「壁画の保存管理には細心の注意を払っていますよ」をアピールしていました。


撮影禁止で画像が何もないのもアレなので、1階の常設展示室(撮影可)で撮って来たものを出しておきますね。


横口式石槨のレプリカ。
これは見やすいように開口状態が復元されています。


こんなん↓もありました。
な、なんと!?
盗掘口の復元!(゚Д゚;)
人が一人やっとすり抜けられるぐらいの穴が空いていたそうです。

まあ、なんというか、不届きというか罰当たりすぎて。
何か金目の物を得たとしても、きっと祟られてロクな人生を送っていないと思いたいです。



肝心の白虎の壁画はこちらをどうぞ。
パネルですが。


丘の上にあった墳丘の中はこんな状態らしいです。
これまた未確認飛行物体感がスゴイ。光らせるとか。
いや、その感想は罰当たりだ。

今回は墳丘の見学には行きませんでした(時間の都合)。




次の目的地は束明神古墳。
天武天皇と持統天皇の皇子、草壁皇子の真陵と言われていますがはたしてどうなのでしょうか。

地図で見たらキトラ古墳から西へ1.5キロほど。
明日香村から出て高取町になります。
途中、壺阪山駅の周辺を走ったのですが高取城ののぼりがあちこちに出ていて、めっちゃ「行きたいー!」ってなったのですが。あそこは自転車ではムリですよね(^^;) それこそ出発1時間もしないうちにバッテリー切れそう。
車もむずかしそう、歩きもしんどそう。さて。


束明神古墳です。
位置情報をオンにしてスマホのグーグルマップを見ながら接近を試みたのですが、迷いまくってなかなかたどり着きませんでした。
ようやく案内看板を発見。
しかし、案内看板が途中でなくなって機位不明、グーグルマップを見ても機位不明( ;∀;)

岡宮天皇陵というのはすぐに見つかりました。
写真を撮ったのですが、保存できていませんでした。
岡宮天皇というのは、即位しないまま亡くなった草壁皇子にのちに贈られた名前だそうで。
宮内庁はここを草壁皇子の墓としているようですが、発掘調査の結果、いまでは束明神古墳が有力なんだとか。



道の細い集落内、迷ってうろうろしていたら、ある家の前で集落の人が集まっていました。
「すいませーん、この辺に古墳ありませんか?」
と尋ねてみたところ、
「束明神古墳ならそこにあるよ」
と行き方を教えてくださいました。
聞かなかったらきっとたどり着けなかったろうなという場所でした。ありがとうございました。



集落の人に「石段100段登ったところ」と脅かされて行ったのですが、行ってみたら100段はそうたいしたことはなさそうでした。
そんなことより・・・・


登り始めてすぐに気づきました。
「この石段とわたしのスニーカー、めっちゃ相性悪い!( ;∀;)」
滑るんですよ、すごく。雨上がりだったしね。
こりゃヤバイと思いました。

しかし、ここまで来てお参りせずに帰るわけにはいかない。

そう思って転倒覚悟で登りました。
自転車用ヘルメットは脱いで手に持っていたのですが装着!
スマホもポケットに入れて両手を空けました。
転んでも頭ガコーンや池田屋の階段落ちは避けたい。






古墳はこの神社の境内にあります。

何とか無事に神社に辿り着きました。



無事に帰れますようにとお願いしておいたんですけどね。



鳥居入ってすぐ右側にある束明神古墳。





もう一度人間関係図を出しておきますね。

人間関係チョー複雑でうまく文章で説明できないので、図を見てください。

婚姻関係が複雑すぎて現代人にはやや理解しがたいというか、関係図を作りづらいというか。
これで家族親戚皆仲良し(^o^)ならいいのですが、骨肉の争いが絡みます。

図からは省いていますが、天智天皇の息子・大友皇子なども加わって権力闘争(内乱)や皇位継承争いなどが繰り広げられ、まさにまさに骨肉の争い。
最終的には草壁皇子が後継者として有力な位置につけたのですが、天皇即位前に若くして亡くなってしまいました。

そういうわけで持統天皇から草壁皇子の忘れ形見・孫の文武天皇へ――という形で皇位が継承されます。



ちなみにわたしが大好きでよく写真をあげている二上山には、この骨肉の争いで排除された大津皇子が葬られています。





下り、石段。
案の定、つるりんと滑りました。
転びました。
が、神様にお願いしておいたおかげか、その場でしりもちをついただけで済みました。
ランチのときに手を洗いに行って、手のひらをすりむいているのに気づきましたが、気づかない程度の擦り傷で。
転ぶだろうなあと思いながら慎重に下りていたので、ダメージは少なくて済みました。

みなさんも古墳見学の際は気をつけてくださいね。
雪野山古墳見学のときも同行者で下り石段で転んだ人がいたし。
野生生物も注意です。安土瓢箪山古墳ではスズメバチに刺された人もいました。
先日の牽牛子塚古墳の周辺にはイノシシが出没すると言われていたし。たしか高松塚の近くもイノシシよけのネットがありましたよね。
草深いところはマムシやマダニも注意です。





つづく。