Google
WWWを検索 ひねもすを検索

中平年間2023年03月30日 22時03分54秒

先日、東大寺山古墳出土の鉄刀に「中平」という文字が刻まれていて‥‥って話をここに書いたのですが。
「中平っていつ?」とネットで検索したら3通りでてきて「なんで?」となっていました。
①184―188年(天理市と書いていましたが正確には天理市観光協会サイト)
②184―189年(wikiなど)
③184―190年(天理大学関係)



あのあと、弥生時代や古墳時代の専門家何人かに聞いてみたのですが(ホントですよ)、なんかよくわかりませんでした(^^;)

おひとりの方が紹介してくれた本(金関恕編2010『東大寺山古墳と謎の鉄刀』雄山閣)には、金関先生の講演録部分に、
「中平とは、西暦一八四年から一八九年、または一九〇年のごく初めまでの期間であります」
という記述がありました。

昭和64年みたいなものかな?
と思ったのですが、ネットで検索するとそうでもなさそう。
やっぱようわからんです。


天理大学ほか編の『東大寺山古墳の研究』という報告書も190年までと書いてあるんですよね。
でも、いろいろ見ていると「190年まで」は少数派のような気がします。


お二人の方が、
「吉川の歴史手帳に漢の元号が書いてあるのでは?」
と言われたので見てみたのですが、「184―189」でした。

日本の現在の改元を考えると、1月1日に改元することはまずなくて、例えば昭和は昭和64(1989)年1月7日までで、翌日の(1989年)1月8日から平成がスタートしましたよね。
昭和は1989年までです。たった7日しかなくても、
「昭和は1988年まで」
なんて言いません。

中平も正確には何月何日までってあるんだろうと思うんですが、聞きまわってみたけれどわかりませんでした。

おひとりの方が、
「東洋史の、漢代のことを研究している人なら知っているのでは?」
と言われたのですが、つてがないのであきらめました。

わたし的には中平が180年代の後半ごろ(弥生時代後期)って時代感覚で十分なんですが、なんで何通りも出ているのか気になって調べてみたけれど結局わかりませんでした、って話です。