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台南空の丙3期生2020年07月11日 15時25分04秒

↑たぶん、これ書いていないですよね。


先日、思いがけないところで山内芳美さんを発見してテンションが上がったので書いてみようかと思います。


丙3期の予科練教程は16年2月~4月。
飛練(17期操縦)教程は16年4月~17年3月。
丙3の場合、飛練は操偵で、あるいは操縦だけでも時期や期間が違っていてややこしいです。

予科練教程が短いのは、乙飛や甲飛と違い、これ以前に海兵団で海軍軍人としての基礎教育を済ませているからです。中にはけっこうな一人前の海軍軍人さんもいたりします。


かれらがラバウルの台南空にやって来たのは乙10期生(飛練16期)と同じころなのではないかと思っています。着任日の確たる証拠みたいなものはまだ見たことがないです。


わたしがよくブログに書いている乙9期生(飛練10期)は台南空では若手ですが、特技章付与がかれらより5ヶ月ほど早く、出撃に連れて行ってもらえる若手です。前線基地のラエにも連れて行ってもらえています。
乙10期と丙3期はなかなか出撃に連れて行ってもらえない若手って感じでしょうか。
仕事はラバウルでの哨戒が主だったように思います。




①飛練17期大分戦闘機専修 17年3月31日

②台南空ラバウル 17年8月4日

③251空ラバウル 17年11月



【伊藤重彦さん】
台南空、251空、582空
18年6月5日 ブイン


【岩坂義房さん】
台南空
17年10月15日 ガダルカナル


【笹本孝道さん】
台南空、251空、582空
18年6月30日 レンドバ


【山内芳美さん】
台南空、251空、582空、204空
18年10月17日 ブイン


【八並信孝さん】
台南空、251空、582空
18年6月30日 レンドバ


【平林真一さん】
台南空、251空、582空・・・・戦後生存


【本田秀正さん】
台南空、251空、582空
18年4月7日 フロリダ沖海戦


【明慶幡五郎さん】
台南空、251空、582空、204空、横須賀空
19年7月4日 硫黄島


【沖繁国男さん】
台南空、251空、582空・・・・戦後生存
8月4日集合写真②に写っていてもおかしくないのですが、よくわからないんですよね。これかなあ?


【尾崎光康さん】
鹿屋空、台南空、251空、582空・・・・265空
19年7月8日 サイパン


【不明1】


【不明2】
不明1と不明2の搭乗員は若杉育造さんと長尾信人さんではないかと思っています。
若杉さん
台南空、251空、582空
17年11月13日 ソロモン

長尾さん
台南空、251空、582空
17年11月26日 ドブシール飛行場攻撃


【不明3】
この不明3の搭乗員は本多秀三さんではないかと思っています。
以前、「本多秀三さんは8月4日写真②に写っているかどうか微妙」だと書いたことがあります。それは鹿屋空から台南空への転勤時期がよくわからず「もしかして写っていないのかも」と思っていたからなのですが、Kさんから転勤時期や一緒に転勤したメンバーに関して貴重情報をいただいて、いまは「写っている」方に傾いています。

仮に本多さんも写っているとしましょう。
飛練17期大分戦闘機①、台南空8月4日②、251空11月③、この3枚の写真に写りうる台南空丙3期のお顔不明者は若杉育造さん、長尾信人さん、本多秀三さんの3名になるのですが、「不明1、2が若杉さん、長尾さん」では?、「不明3が本多さん」では?とわけた理由はちゃんとあります。

飛練17期戦闘機の実用機は大分空ですが、その一つ前の教程、中間練習機教程については筑波と百里原にわかれてやっています。この教程は戦闘機だけではなく他機種の操縦専修生たちも一緒です。
で、問題の3名の方ですが、若杉さんと長尾さんが百里原、本多さんが筑波だそうです(Kさんご教示)。
百里原に関しては集合写真を入手できていないのですが、筑波の方は谷水竹雄さんの集合写真があります。

不明3の人、筑波飛練の集合写真のこの人じゃないかと思うんですよね。ちょっと不鮮明ですが。
ちなみに不明1と2の人は筑波の集合写真には写っていないと思います。

という理由で、この人が本多秀三さんでは?と思っているわけです。

「思います」とか「思っている」という段階で出すのは自分的はあまり気が進まないのですが、いくら思っていても前進しそうにないので、ここに書いてみてどこからか情報が寄せられるのを期待したいと。

【本多秀三さん】
鹿屋空、台南空、251空、582空
17年11月14日 ブカ


【徳永辰男さん】
1空、台南空、251空、752空、201空
18年8月12日 チョイセル島
徳永さんはお顔はわかっているのですが、写っているはずの飛練17期大分戦闘機①からも、251空集合写真③からも探し出せていません。
8月4日②には写っていないと思います。


【和野内恭三さん】
台南空・・・・653空(瑞鳳)
19年6月19日  西太平洋方面

和野内さんはわたしが探した限りでは6月10日~23日で台南空の行動調書にお名前が出ているだけで、その前後が不明です。Kさん情報によるとこのあと戦傷で戦線離脱しているとのこと。
②にも③にも写っていないと言い切っていいでしょう。
飛練は筑波→大分なので、どこかに写っているはずですが、この2枚どちらにも写っている人は他にもたくさんいるので、特定(推定)は困難です。



この人たちは予科練的には丙3期で同期生なのですが、入団年は必ずしも同年ではなく、階級から推測するに八並さんが最古参です。

乙飛甲飛と違って丙飛は「同期=同年兵」ではないのでややこしいですね。

さらにややこしいことに、丙3期は飛練が17期と18期にわかれています。
台南空の丙3期生たちは全員飛練17期です。






わたしも坂井三郎さんの『大空のサムライ』を読んで台南空に惹かれた一人ですが、坂井さんが描いている台南空とわたしが自分で思っている台南空にはビミョーなズレがあります。

もちろん坂井さんが描いている台南空は坂井さんがその場にいて体験した台南空の一面に違いないと思うのですが、行動調書を見ていると坂井さんが描き切れていない台南空の搭乗員たちがずいぶんいるんだなあという印象です。

それは集合写真で「不明」とか「一人おいて」と表現されているあの人たちです。

坂井さんが手記で取り上げている人たちは集合写真でもちゃんとお名前を書き込まれていますね。間違っている人もいるみたいですが※わたし調べ

当然かれらも「不明」とか「一人おいて」と表現されるような人たちではなく、誰かの大切な人に違いないのです。

あのときから長い年月が過ぎ、交友が薄かった人は名前が思い出せなくなってしまったとしてもしかたありません。
わたしも中学や高校の集合写真を見せられても、全員の名前は憶えていないと思います。
海軍は転勤も頻繁で、さらに苛烈な前線でのこと、転勤してきたと思ったら戦死・・・・ということもめずらしくなかったはず。

印象が薄い人がいるのはしかたがないと思っています。

それでも、できることならそこに写っているのがどなたなのか知りたいです。
一人でもどなたかわかると写真を見るときの思いも違ってきませんか。
わたしはどなたかわからないまま見るのと、○○さんだと思って見るのとではやはり違います。

本当は推測入りで書くのは大変失礼だとは思うのですが、自分で詰めれるところまでは詰めて出しているつもりです(現時点でわかっている範囲で)。

書いてみて、その人のことを知っている人(ご遺族の方とか)が「あの人、違うよ」とか「あの人、本人です」と反応があるとよいなと思います。



本当は乙9期、乙10期、丙3期以外のクラスも追求したいのですが、何かきっかけ(ご遺族から写真を見せていただくとか)がないとなかなか難しいです。
クラスが偏ってしまっているのはそういう事情ですので、ご勘弁を。


8月4日集合写真に関しては最後に書いた時点から認識が変わっているので、また更新しないといけないと思っています。
丙3期の人たち以外にも、追加訂正したい人たちがいます。


※画像は本田さんご遺族、大澤さん・谷水さんご家族、武田信行氏ご提供

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