Google
WWWを検索 ひねもすを検索

富士山登山行軍22018年12月29日 11時58分47秒

Kさんにお願いして倉町秋次先生の『予科練外史』の富士山登山行軍のところを見せていただきました。


入隊は六月一日だから、一か月余りで夏が来る。一学年は幕営生活に行き、二学年は富士登山をするのが年中行事であった。学年全員で行う登山行軍である。土曜日はいつもの通りに午前中も授業を受け、昼食を終わるとすぐ出発。夜を徹して御殿場口から登り、夜明けまでに山頂を極めて御来迎を拝む。そして日曜の夕方には追浜に帰隊して月曜から平常通りに授業を受ける。


と書いてありました。


ホンマかっ!?w( ̄▽ ̄;)w


登山は夜間っ!?

そして下りてきて翌月曜からまた平常通り授業!?
※授業といっても座学ばかりでなく体動かし系が多いです

若いからこそできる強行軍ですね。





もうちょっと詳細に書いてあるところもありました。

胸をはずませながら、頂上を目ざす或る年の登山光景を追ってみよう。
その日は曇ってはいたが、蒸し暑く登山日和というには遠かった。土曜日の午後予科練をたち、汽車で御殿場についた。所定の宿舎で服装を整え、手に手に金剛杖を持って大はしゃぎである。太郎坊まではバスで行き、登山開始は午後六時頃であった。
麓一面深い霧で十米先も見えぬ。勿論頂上など見えない。登るにつれて闇はいよいよ濃くなり、懐中電灯の光を頼りに、一列になって賑やかに登って行く。二合目を過ぎた頃、急に霧が切れて星が見え始め、遥か彼方に頂上が黒く偉容を現した。その山頂をめざす登山者の灯が、ゆるやかな稲妻型を描いて提灯行列のように続いている。

中略

山頂は、すぐ目の前に見えながら、登っても登っても近づかない。所謂胸突き八丁である。寒さが襲って来る。風も出たようだ。乾麺麭を噛り、賑やかな笑いを黎明の冷気の中に撒き散らしながら登って行く。
登り始めから約十時間、辺りは明るさをくわえて、頂上に達した時、将に太陽が雲から出ようとしていた。少年たちはしばらく見とれていたが、誰からともなく一同は万歳を叫んだ。満たされた明るい声であった。日本一の富士山を征服したんだと、新しい力が全身に溢れていた。



もし6期が上の通りに行軍したとしたら、
これが土曜(7月25日)の午後、御殿場到着後、宿舎(松屋旅館)で着替えて金剛棒を手にはしゃいでいる少年たちの図、ってところでしょうか。
※撮影場所はいまだ不明です




太郎坊までバスで行き――

登山開始は午後六時。


これは登りですよね。
6時に登り始めても夏だからこれぐらいの明るさがあるんでしょうか?



これが山頂での御来迎の瞬間写真なのか?


山頂らしき印は、集印帖の最初のページに押してありました。
頂上印のためにわざわざここを空けておいてから集印を始めたのかな?


これは下っているように見えます。
これが大砂走なんでしょうか。
わたしは脚で登り下りしたことがないのでちょっとわからんです(^^;)







というわけで、例年通りとしたら、7月25日夕方から登りはじめ、26日に下山してきた、ということになるんでしょうね。


※画像は6期生ご遺族、Mさんご提供

コメント

トラックバック