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サイパン島ガラパン街にて2018年09月04日 00時17分43秒

十七年末
 サイパン島ガラパン街にて
 輸送の途次


石田さんのアルバムに貼ってあった写真です。
実施部隊に出てからの分は、これが一番古いのかなと思っています。
台紙に氏名+階級の書き込みがありました。

前列左から鈴木飛行兵長井渕飛行兵長香川飛行兵長
後列左から石田一飛曹大森二飛曹(小生の二期後ハイ)

この写真はたぶんペアだろうと思っています。
写っていないのは機長(士官)と機関士(整備兵曹)かな?

この中で真っ先に判明したのは大森2飛曹です。小生の2期後輩と書いてあったので乙11期出身の方だとわかりました。
そこまではわたしでもわかったのですが、それ以上はわからない。Kさんに・・・・(^^;)
大森さんは終戦を無事に迎えられたそうです。

前列の3人は、真ん中の人が丙4の井渕紋次さん(予科練名簿)かな?とは思ったのですが、まったく確証がなく。Kさんご教示で実際は丙5の井渕紋次さんとか。
19年2月5日 802空 殉職

香川飛長は普電練55期の香川茂さん。
19年10月27日 801空 殉職

・・・・だそうです。

鈴木飛長はまだ不明です。
実施部隊時代の氏名の書き込みがある写真、あるいは名札が読める写真が7枚あるのですが、そのすべてに写っているのが「鈴木飛行兵長」(飛長)です。
スタートのこの写真は飛長ですが、最後の写真(19年4月)では1飛曹に進級しています。
あー、それだけ時間が流れたんだなあ、付き合い長かったんだなー、と。
「鈴木」だけでは検索で引っ掛からず、どこの鈴木さんかいまだにつかめていません。
石田さんの台紙への書き込みによると、石田さんが19年4月に転勤された後、残った鈴木さんはひと月後に戦死されたそうです。





ほかの写真に写っている人たちも 「姓+階級」なんですよ。
希少姓なら予科練名簿からでもある程度絞れるのですが、鈴木さんだけではなく、佐藤さん(2人)とか小林さんも絞り込みができずにいます。
あ、佐藤さんのお一人は「甲2」と書かれていたので、「よし、特定できるぞ!」と名簿を開いたのですが、甲2には佐藤さんが5人もいた!( ゚Д゚)
機種から2人まで絞ったのですが、どちらかわからない。Kさんにご教示いただいて解決しました。それはまた今度。

あと、飛行艇なので搭乗整備員というんですか、石田さんは機関士と書かれているのですが、整備兵曹の人が写っているんですよね。この方々はちょっとお手上げです。
前に紹介した宮崎出身の日高整備兵曹も、フルネーム、その後のことなど不明です。鈴木さんと同じときに戦死されているみたいなんですが・・・・。



この写真の前列の3人、みんな飛行兵長(略して飛長。名称変更前は一等飛行兵=一飛。兵階級の一番上)なんですが、真ん中の井渕さんだけ善行章(∧)をつけています。海軍に入って3年以上経っているということです。ということは井渕さんは14年か13年ぐらいの人でしょうかね。
※9月5日追記・・・・Kさんご教示で井渕さんは15年入隊とのこと。善行章付与は17年12月1日
両側のお二人は17年末時点で善行章が付いていないということは15年かな。
石田さんが13年で1飛曹、大森さんが14年で2飛曹ですね。
みなさんの階級と海軍歴はそんな感じです。





この写真の座り順を見ておもしろいなと思いました。

司令から兵までいる隊の集合写真では、イス列が一番エライ人たちです。その中でも一番エライ人は真ん中。
イス列のすぐ後ろの立ち列が次に上の人たち。
後ろに行くにしたがって階級が下がって行く。そこで足りなかったら最ジャクの人たちは椅子列の前の地面に座り込みます。
基本こんな感じ。
(予科練、飛練のようなほとんどが同階級・同年兵の集合写真の場合、どうやって立ち位置を決めているのか、わたしはつかんでいません)


この写真、イス列に兵階級の3人が座って、後ろに下士官の2人が立っていますよね。



どう考えても先任者が、

「おまえら、座れよ」

と言ったんですよね。

なんかいいな~




※画像は9期生ご家族ご提供

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