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特技章2018年04月13日 20時31分07秒

※Kさんからご指摘を受けて2220に一部修正しました。
 「飛練4期は普電練49期」と書いていましたが、「飛練4期は偵練52期」が正しい、とのことでした。






特技章の話、前に書いたかもしれないのですが、最近、自分のサイトを検索しても記事をよう探さない・・・・orz
探している記事が出てこないんですよ・・・・。
書きすぎなんでしょうか?(^^;)


特技章とは。
6期の先輩、岩井勉さん(戦闘機)のことばをお借りしましょう。
(飛練の霞ヶ浦航空隊を卒業し、延長教育の佐伯航空隊へ向かう汽車の中)われわれは京都まで食堂車のテーブル四卓を占領し、ビールで乾杯しながら走った。われわれの左腕には飛行練習生教程卒業の特技章である荒鷲と錨のマークが付いている。予科練入隊以来三年三ヶ月にして、ようやく特技章が付いたのだ。これで押しも押されもしない一人前の海軍軍人である。海軍ではこの特技章がものをいうのである。
(中略)
われわれは一般客に左腕を見てもらいたかったので、食堂車の椅子に腰をかけるときも、左のマークが見えるように工夫して席をとった』(岩井勉『空母零戦隊』文春文庫)

左袖につけるので「左マーク」とも呼ばれています。






先日、山口良一さんの写真を見せてもらいに行ったとき、一番最初に見せてもらった写真がこれでした。

山口さんの家族写真です。ご両親、お兄さん、姪御さん姉妹(お兄さんのお嬢さんたち)。
姪御さんはこの写真を撮ったのは、山口さんが予科練に入ってすぐの頃だったと思われていたそうです。
ジョンベラなので(^^;)

たしかに、ジョンベラは兵階級の軍服なので、「新米」のイメージがあるのかもしれません。


が、姪御さんのお孫さんはさすがに「この顔は新米っぽくない」と思われていたそうです(笑)
たしかに(^^;)

よく見るとですね、この兵隊さん、全然新米じゃないんですよ。

右袖には山形の善行章1線、その下に一等航空兵(16年6月1日に航空科から飛行科に変更、それ以降は「飛行兵」「飛行兵曹」)の階級章、そして左袖に航空の特技章をつけています。

そのときに説明したのですが、善行章というのは海軍に入って3年経ったら1線もらえるもの(6年で2線目、9年で3線目・・・・と増えていきますが、予科練生は多くても2線で、3線目が付く前に兵曹長に進級するのがふつうです)。
つまり、この写真は乙7期の山口さんが11年6月1日に海軍に入って3年以上経っている状態。14年6月1日以降。
特技章が付いているので、「練習生ではなく一人前の搭乗員です」と説明してきました。
(7期が一等兵に進級したのは予科練卒業と同日の13年8月15日)

しかし、家に帰って来て、
「はて? 7期はいつ特技章をもらったのだろうか? 山口さんのペンネントは大分空・・・・」

わたしが考えてもわかるわけないし、ネットで調べたって出てこないのでKさんに尋ねてみました。
いつも自分を正当化してスイマセン。


7期は中練卒業時にもらっています


とのことでした。
そのときに、5期の角田和男さんと6期の岩井勉さんも手記に中練修了時点で特技章をもらったと書いていますよ、とご教示くださいました。

どちらも読んでいるんですけどね。
読んだときはまったく特技章に関心がなかったので記憶に引っ掛かっていないんでしょうね。
いつもスイマセン(´Д`)

7期が特技章をもらったのは中練修了時の14年3月31日。
山口さんは延長教育は大分海軍航空隊です。艦攻補習生。
その次が木更津海軍航空隊です。14年9月2日付。
しかし、それ以前の8月12日から11月4日まで、という期間で大型機特別教育を受けていると履歴上に書かれているので、9期と同じであれば、籍だけ大分で、8月12日から木更津に移動している可能性もあるのかな?と思っています。

上の写真は、14年の夏休暇で帰省したときのものしょう。日付まではわかりません。






さらにKさんにいろいろ尋ねてみたんですが。

「予科練」の教程と「飛練」の教程は海軍の搭乗員になるためのひと続きのものです。
飛練を終えて、ようやく一人前の搭乗員の証・特技章をもらえるのです。

昭和5年、予科練制度が始まったとき、すでに搭乗員養成コースの先輩制度として「操縦練習生(操練)」や「偵察練習生(偵練)」の養成コースがありました。
これは海兵団から海軍に入った人の中から試験で選抜、航空兵になるための訓練をさせるものです。
もともと兵科だった人や整備、主計科だった人などもいます。

どうも、かれらと区別するために、たとえば第1期飛行予科練習生(のちの乙飛予科練)が飛練に進んだときには第1期「飛行練習生」という呼び方をされ、それが甲飛制度が始まるまで続いたと。
昭和12年に入隊した第1期甲種飛行予科練習生たちは飛練に進んだら第1期「甲種飛行練習生」になったのでしょうが、履歴を見たことがないのでわたしにはわかりません。

ちなみに、わたしが実際に見たものですが、甲飛制度が始まって以降に飛練生になった乙6期(13年1月から飛練)と乙7期(14年8月から飛練)出身の搭乗員の履歴にはそれぞれ「第6期飛行練習生(操縦専修)」「第7期飛行(操縦)練習生」と書かれてあり、「乙種」である旨は記されていません。
『日本海軍戦闘機隊2【エース列伝】』の巻末付録に、8期の初練修業記念集合写真が掲載されていますが、そこには「第八期乙飛初練修業記念」と書かれています。



しかし、この制度も昭和15年10月1日に変更になったようです。
詳細は知りませんが、いままで操練、偵練、飛練(予科練生のつづき)とわけていたのを、全部ひっくるめて「飛練」にしたようなのです。

何が変わったか。
ひとつは、特技章のデザイン。それまで操練・偵練の特技章と飛練の特技章は別のデザインでした。
それが飛練の特技章デザインに統一されたそうで。
島田清守さんの15年10月6日の日記にもそのことに触れられた箇所があります。
予科練生としては、そのつづきの飛練終了時にもらえる特技章に誇りを持っていたようです。特技章を見ればひと目で「予科練出身の搭乗員」とわかりますからね。操練・偵練が同じデザインになったのが不満だった様子です。
が、Kさんに言わせると、この統一は操練・偵練側からも不満が上がっていたそうです(^^;)
お互い、自分のところに誇りを持っている――よいことだと言っておきましょう。
飛練の特技章のデザインはまさに山口さんが左袖につけているマーク、あれです。
15年10月の統一以前の操練の特技章は、『日本海軍戦闘機隊2【エース列伝】』の半田亘さんが下士官二種軍装につけています。
あと、坂井三郎さん(戦闘機)が『写真 大空のサムライ』で、同じく下士官二種軍装につけています。

そして、もうひとつ大きなこと。
いままでは操練〇期、偵練〇期、飛練〇期(第〇期飛練、甲種第〇期飛練)・・・・と、コースによって期別を振っていたのを、飛練〇期(第〇期飛練)にまとめてしまったのでした。

新たな飛行練習生課程が15年10月から、ということでしたが、すでに飛練で訓練中だったクラスはさかのぼって期が変更されたようです。飛練1期は甲飛3期、飛練2期は偵練51、飛練3期は操練54期、飛練4期は偵練52期、飛練5期は普電練52期、飛練6期は操練55期、飛練7期は操練56期、飛練8期は普電練52期、飛練9期は甲飛4期、飛練10期は乙9期・・・・とこんな感じで続いていきます。
※秦郁彦/伊沢保穂『日本海軍戦闘機隊2【エース列伝】』大日本絵画の巻末資料より

ただ、これ、「は」の右と左はまったくイコールとはかぎりません。
例えば乙8期の先輩が何らかの理由で同期と一緒に進級できずに飛練10期に編入されている・・・・あるいは乙9期がやはり一緒に進級できずにあとの飛練クラスに編入されている・・・・という場合もあるので、あくまで「飛練10期は乙9期が主体」ぐらいの意味です。





冒頭の話題に戻ります。

特技章はいつもらっているのか。

新飛練教程以前の乙5、6、7期は、どうも中練修了段階で特技章をもらっていたみたいですね。
その過程だけを「飛行練習生課程」と呼んでいたようです。
8期はわたしは資料を持ち合わせていないのわかりません。法則?にしたがえば、やはり中練終了時(15年3月30日)にもらっているんでしょうか。

新制度の飛練10期である乙9期は、特技章は中練終了時点ではなく、延長教育(実用機教程)が修了した時点でもらっています。
9期の時点では延長教育修了までが「飛行練習生課程」になっています。

ちょっと表にしてみました。試作品なので転載禁止で。クリックしたら拡大します。
6期、7期、9期だけです。他クラスのみなさん、スイマセン。
しかも、これはそのクラス全員に該当するものではありません。
ご提供いただいた複数の予科練出身戦闘機・艦攻・艦爆操縦の人のものを参考にしました。
善行章や特技章付与日、進級日は期で基本的に同じはずです。
が、中練修了や実施部隊に出た日などが、操縦と偵察で違っていたり、さらに、操縦の中でも陸上機操縦と水上機操縦では違っていたり。さらに陸上機操縦の中でも、小型機と大型機の操縦では違うとか。
本当はちゃんと期ごとに操偵別、機種別にやったらいいんですが、能力不足ということで今回はここまで。
もっというと、もともとの目的が山口さんのご遺族の方に説明してあげようと思って作ったものなので、参考までに前後の期はこんな感じです、ってだけの表です。

薄い黄色のベタ背景は飛練時代、黄色い外枠は延長教委育(実用機)時代です。




これは6期の飛練(初練・中練)卒業時の集合写真です。@霞ヶ浦航空隊
撮影日は書かれていなかったですが、13年8月16日ということになりますね。

いままで気に留めていなかったのですが、よく見たら特技章をつけていました。
この日、もらったものです。



9期は中練卒業時点では特技章はもらえておらず、延長教育終了時に初めてもらっています。
一番古い写真は16年10月30日、攻撃機操縦・大型機講習@木更津の卒業時集合写真。
みんな袖が重なっていて、ちゃんと特技章が見えている人が少ないんですが・・・・。
村田耕一さんの特技章。この日にもらったもの。仮留めなのか、浮いています。



こうしてみると特技章をもらえるまで、乙6期は海軍に入って3年と2ヶ月半、乙7期は2年10ヶ月、乙9期は3年5ヶ月。それだけみても、クラスによって違うことがわかります。



※画像や履歴などは6期生、7期生、9期生ご遺族ご提供。制度や進級関係の話はKさんご教示

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