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零戦”搭乗員”会2017年06月05日 07時10分33秒

いつものことですが、話があちこち前後してスイマセン。

予科練戦没者慰霊祭のことも、まだまだ書きたいことが山のようにあるんですが。





土曜日はタイトルの会合でした。

が、とうとう零戦の”搭乗員”の方が「0」という搭乗員会になってしまいました。

といっても安心してください。K上飛曹は急用で来れなくなっただけで、電話で話した人によると、「お元気そうだった」そうで(^^;)

他の方々も、別の用事と重なったり、家から出るのはちょっと・・・・だったりで、搭乗員さんの出席「0」ということに。
しかたないですけどね。

しかし、搭乗員のみなさんのお元気な姿を拝見したい、お話したい、と遠方から来られる人もいるわけで。
そういう意味では残念でした。




そんな中。

今回は陸軍の特操出身の方が最年長ということで。
いつも来られているのは知っていたのですが、今回、会の前に、初めて親しくお話させていただきました。
飛行機に乗る前に終戦になってしまった、と言われていました。滋賀県の八日市で訓練したらしいです。
スマホを操られるんです、ビックリ!
大学生ぐらいのお友だちがたくさんいて(趣味関係?)、メールでやりとりされているそうです。
あの当時、飛行機に乗ろうって方たちなので頭も心も柔軟なんですね。


初参加の方もいらして。
わたしが知っている限り最遠方の方々。女性の方3名。
ある戦闘機隊隊長のご遺族の方が、お友だちと一緒に参加してくださいました。


ある戦闘機隊隊長のお写真現物。
写真立てに入れて持って来てくださっていたんですが、出して撮らせてくださいました。
ブログの掲載許可はいただいています。
他の画像もですが、無断転載はご遠慮くださいね。

みな、この写真に感激して写真を撮らせてもらっていました。
わたしはまさかこのような貴重なものと対面できると思っておらず、カメラがスマホしかなく、しかもスマホの影が・・・・orz
ド下手でスイマセン!( ;∀;)

写真はド下手ですが、たぶん、撮らせてもらったのはわたしが最初でした!  
隊長にならってわたしも指揮官先頭だ!(ドヤ)
いや、違う(-_-;)


スイマセン、感激が伝わっていませんね。

この写真、書籍などでご覧になられたことがある人も多いでしょう。

しかし、書籍の写真とはまた違う、遺品であろう写真を目の前にしたときのなんともいえない気持ち。

歴史上の遠い人ではなく、この写真が撮られたときにはたしかにここにいた人であることを強く実感します。


ちなみに春海の感想。
「モデルさんみたいやなあ」

いい写真です。









もうひとつ感激したことが。
真珠湾攻撃時の加賀艦攻隊分隊長、鈴木三守大尉(兵64期)のお写真。


わたしが、島田直さん(乙9期、開戦時加賀艦攻隊)の遺品にあった集合写真からトリミングして送ったものを写真立てに入れてくださっていました。


鈴木大尉のことが書かれた、没後69年追悼の資料も持って来てくださいました。

わたしは鈴木大尉のお名前を見ただけでじわっときてしまうんですが、内容はさらに・・・・でした。


生い立ちや人柄、真珠湾から引き上げられた鈴木機の画像なども。

さらに鈴木大尉の個人的なこと(海軍軍人としては個人的なことではないんですが )まで書かれてあり・・・・。
残された者にとってはそこで終わりではなく、そこからまた生きていかなければならないわけですから。



一緒に来られたお友だちの方ともお話できてよかったです。
しかし、自分のことばかりしゃべっていたような?(^_^;)
もっとお話を聞かせてもらえばよかった。

いつも時間が足らんのです。

遠いので無理は言えませんが、また来てくださるといいな。


今回は二次会にも行かなかったので、あいさつぐらいで終わった方も。
それは残念でした。


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