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今日のきんぎょさま2016年07月28日 17時51分13秒

我が家では人間より大事にされているきんぎょさまたち(笑)

だいぶ大きくなりましたよお♪


といっても、よくわからんですよね(^^;)

大きくなっています!


ものすごく食べます(+_+)
こんだけ食べも大丈夫なんか、ってぐらい食べます。


昨日なんか、先輩は飛び跳ねておねだりしてきました。
「トサキンがジャンプ!? まさか!」
と思いました。

その瞬間は見ていなかったんですが、

「パシャン!!」

って音がしました。

和金はよくやっているんですけどね、トサキンが水音を立てるのを初めて聞きました。気をつけないと脱走するかも。
※和金は一度水槽から脱走して、水槽を乗せている台の下に転がっていたことがあった( ゚Д゚)

九期生のあゆみ2016年07月28日 19時17分52秒

この前、9期の年譜に関してちょっと触れました。

『九期生名簿』に掲載されている「九期生のあゆみ」をそのまま書きます。
※太字部分
※数字はアラビア数字に直しています


昭和13年6月1日 横須賀海軍航空隊飛行予科練習部に入隊 総員200名※1 
             海軍4等航空兵拝命

昭和13年9月1日 海軍3等航空兵拝命
昭和14年3月1日 霞ヶ浦海軍航空隊飛行予科練習部に移転
昭和14年6月1日 海軍2等航空兵拝命  第2学年となり操縦偵察専修別となる※2
昭和15年3月    聯合艦隊に実習航空兵として乗艦(陸奥・長門)艦務実習 (支那事変に参加)※3
昭和15年6月1日 海軍1等航空兵拝命  第3学年となる※4
昭和15年11月30日 第9期飛行予科練習生卒業※5
昭和15年12月1日 第10期飛行練習生となり練習機教程に入る※6
               操縦専修者・・・・谷田部空・筑波空に配属
               偵察専修者・・・・鈴鹿空に配属

昭和16年5月31日 練習機教程修了、実用機教程に入る
               操縦専修者・・・・大分空・宇佐空・大村空に配属
               偵察専修者・・・・博多空・大村空に配属
※7
昭和16年10月1日 任海軍3等飛行兵曹
昭和16年10月31日 第10期飛行練習生卒業 実施部隊に配属※8


です。


いままでわたしがご遺族から提供していただいた履歴や写真などを見てきたうえで、問題がある、あるいは正確ではないと思われる部分はの箇所です。


※1
「総勢200名」。入隊時の氏名入り班写真やその後の集合写真、名簿などからは、現時点では199名しか見つけられていません。
が――。もしかしたら本当に「200名」いたのかもしれない・・・・
という気になっています。なんとなくそう思っているわけではなく、根拠があるのですが・・・・。


※2
「昭和14年6月1日」に「2等航空兵拝命」は間違いです。正しくは「昭和14年8月1日」。みなさんの履歴から。
2学年進級がいつかは不明です。わたしは6月1日ではないと思っています。2空に進級した8月1日か?


※3
艦務実習に関しては正確な日付はわかっています。昭和15年3月20日~4月28日です。
そして、乗艦した艦船も、「陸奥」「伊勢」「山城」(以上偵察)、「金剛」「榛名」(以上操縦)でほぼ間違いないと思っています。


※4
3学年進級が15年6月1日なのかどうか疑義があります。


※5
これ以前の15年11月15日に予科練は霞ヶ浦海軍航空隊から土浦海軍航空隊に移転し、9期生の所属も移っています。


※6
細かい話をすると、谷田部・筑波・鈴鹿空に配属になったのは、辞令的には卒業同日の15年11月30日


※7
正確には、
昭和16年5月28日 操縦専修者、練習機教程修了、実用機教程に入る
                大分空・宇佐空・大村空に配属
昭和16年7月30日 偵察専修者、練習機教程修了、実用機教程に入る
                大分空・宇佐空・博多空に配属

です。 
操縦と偵察で、練習機飛練の修業日が違います。
それと、この間、もう一つ重要なことが抜け落ちています。

昭和16年6月1日 海軍1等飛行兵に名称変更

要するに航空科から飛行科への転科があり、航空兵だったのか飛行兵になったと。
それプラス同じ日に、

昭和16年6月1日 普通善行章1線付与

これを忘れちゃいけません。


※8
操偵で卒業日が違います。
操縦・・・・16年10月30日
偵察・・・・16年10月31日

さらに、ここで「実施部隊に配属」とは限らず、その後操縦の多くは転科教育を受け、その人たちが実際に実施部隊に配属になったのは2月の初めごろです。
偵察の方も中攻の偵察員たちは12月末まで、飛行艇の偵察員たちは17年2月末まで、それぞれ大型機講習を受けてから実施部隊に巣立っていったのでした。




その後の共通事項を簡単に書くと、

昭和17年10月31日 海軍2等飛行兵曹
昭和17年11月1日  海軍1等飛行兵曹(進級ではなく名称変更)
昭和18年11月1日  海軍上等飛行兵曹
昭和19年6月1日  普通善行章1線付与(計2線)
昭和20年5月1日  海軍飛行兵曹長



ある生存者の方は最後に、

昭和20年9月6日 依命予備役編入


と書かれていました。

履歴にここまで書かれたのはほんの二十数名・・・・。