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乙10期 松山利一さん2015年08月02日 11時23分33秒

京都出身
三座水偵偵察員
予科練時代


飛練卒業後、舞鶴航空隊、5空、452空、宿毛空、羽黒、932空、第二南遣艦隊司令部、936空、312空、偵察102

ご遺族の方が履歴をとってくださっていたので、松山さんの海軍時代の履歴は判明しています。

が。

水偵の偵察員なのに、なぜ312空?



戦史研究家のYさんがご教示くださいました。
他の調べ物をしていたらしいのですが・・・・。

932空がいったん解隊された時に第2南遣艦隊や第1南遣艦隊付属水偵隊になって、そこから936空に転属している方もいるのがわかりました。
936空を解隊して搭乗員を潜水艦と輸送船で内地へ還送することになったんですが、その時の転勤先が312空なんです。
ただ、これは書類上のことで、偵察員もいっしょくたにこの秋水戦闘機隊たる312空へ発令されています。
それから偵察102へと発令されているのですが、もう時期が遅くて、木更津にたどり着くかどうかというタイミングで終戦となりました』

らしいです。





予科練1学年時は5班の伍長です。5班集合写真。

この集合写真、めっちゃありがたかったです。

以前飛練16期(乙10期主体)の操縦専修生をやったときに、陸上機専修生の中で、中攻の福井義定さんと砂川清二さんのお顔がわからないんだと書いたことがあると思うのですが、そのうちのお一人、福井さんが5班なのです。

印刷物の5班写真では福井さんのお顔がよくわかりません。

松山さんのこの5班写真で、お顔がわかる人をひとりずつあてはめていって、福井さんがどの方かわかりました。やはり印刷物の福井さんとお顔が違うような気もするのですが、この件はまた今度。




これは土浦海軍航空隊で1空の階級章をつけているので、おそらく3学年時偵察専修の班写真じゃないかと思います。
お一人お一人の確認はまだですが、操縦専修生は写っていないし、偵察の山口五一さんのお顔が見えます。



【実施部隊】
松山さんは前列中央で白マフラーを垂らして肩を抱かれています。

裏書があって、「十八年四月熱田島」。
後ろは零式三座水偵とか。452空時代(Yさんご教示)
Yさんがこの写真を見て興奮されていました。



実施部隊の写真、特に水偵隊はわたしが見てもよくわからんのです。
他の方から説明されて、
「おおっ!」
と感激するというか・・・・。


そんな中、1枚だけ、自分で見て、

「ぎょっ!?」

となった写真がありました。


左が松山さんです。

右の人。

「どっかで見たことがあるんだよな~」

と思っていたら、9期の酒村健三さんでした。

氏名入り班写真から

酒村さんは19年8月2日、テニアン島玉砕(横須賀空)。
これ以前の経歴がつかめていません。どこで松山さんと一緒だったんだろうな?
格好は寒そうだし、背後は雪?白っぽい。
行動調書を探したのですが、わかりませんでした。




同期生の回想
「小柄で、面長で、何時も口をギュッと結んでいたが、戦後消息をつかみ得ない。
生きていて呉れればいいのだが」

「入隊時五班の伍長だった。鈴鹿までずっと一緒だったが、気のやさしい、控え目な、目立たない男だった。
戦後京都に居たとの消息を得て、確認をとりに行ったが、死亡したとのことであった。近くに住んでいながら、会うことが出来ず、今でも残念に思っている」



松山さんは21年、鹿児島で亡くなられたそうです。



※画像は松山さんご遺族、9期生ご家族ご提供。
戦史研究家Yさんにいろいろとご教示いただきました

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