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山岸教員の日記 番外編2014年10月11日 16時18分31秒

日記紹介の途中ですが、ちょっと番外編。

山岸教員の日記。
飛行訓練以外のことも書いてあります。プライベートなこととか、いろいろ心の中で考えていることとか・・・・。

わたしは山岸さんの日記を公開させていただくにあたって、飛行訓練関係とある一つの記事を公開させてほしいとご遺族の方にお願いしました。

今日は飛行訓練以外で唯一公開をお願いした日記をご紹介します。



3月16日
小船井写真館に行く。写真帖の話をする為だ。
そして又此処でも三年前の自分を思出すのであった。
あの頃まだ幼なかった子供達も皆丈夫に大きくなって居た。おそらく家外で合ったなら何処の子供か知らずに居ったことだろう。
日当のよい縁先で爺さん(失礼)と写真帖の話を始めた。今年十二になるA君が仲間に入る。人なつこい大人しい可愛い子供だ。
爺さんが用を得て立って行った。A君と二人になる。そして二人は千年の知己の様になつかしい面持であれこれと話し合った(純心な可愛い子供とあれこれと考へながら子供の心をそこなはぬ様語り合うのがなによりも楽しくそして嬉ばしい)
大体の話をまとめて九時家を辞す。なんだかさり気ない様な気がする。空虚な思が胸をわくわくさせる。何故だろう?

※人名はわたしがいじっています



「あっ!!(ノ ̄□ ̄)ノ」
と驚きました。

予科練を横須賀で過ごした山岸さんの日記に、まさかの小船井写真館!!


この日記を見つけたときは知らなかったのですが、あとで乙6期関係の集合写真を見ていたら、どうやら飛練は霞ヶ浦航空隊だったようで。

「三年前の自分」ってそういうことだったんですねー。

なるほどー、そういう接点があったとは。
きっと飛練時代、山岸さんも小船井写真館のお世話になったのでしょう。



とにかくびっくりしたので、山岸さんの姪御さんに、
「わたし、去年、9期のご遺族の方に案内していただいて、日記に書いてあるAくんと会いましたよ!」
と連絡。
姪御さんも驚かれていました。

「ぜひ会ってみたい」
ということで。



面会が実現したそうです。
Aさん、お元気にされていたみたいです。


毎年何百人もの予科練生を相手にする御用達の写真館。しかも当時は子ども。
残念ながら、Aさんは山岸さんのことは記憶になかったそうですが、おじと直接会った人、ということで姪御さんは感無量だったようです。

お話もはずんだようですし。


とにかくわたしも大変うれしいです。



※画像は小船井さんご提供

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