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乙6期 中西義男さん22014年09月12日 17時59分18秒

【クロちゃんエピソード1】

松浪清さんが手記『命令一下、出で発つは』の中で紹介しているクロちゃんのエピソード。
大鷹時代の話です。
17年9月上旬、トラック島に上陸しての休養中の話。

『さて、第二日のことである。この日の思い出は、痛恨きわまりない悲しいことで、終生忘れ去ることができない』
この一文で始まるできごとです。


『「おい、松ちゃん。今晩はおれにつきあってくれんかい?」後ろから、一期先輩の中西一飛曹が声をかけた』

このあとに、前回紹介したクロちゃんの人柄が紹介されています。――要領のいい男で・・・・うっかりすると騙される――と。

『「なんですか、中西さん。今日はいやに神妙ですね?」
「いや、松ちゃん。ちょっと内密の話があるんだよ」彼は、私を部屋の隅に呼んだ』

話というのは、クロちゃんの同期生の安田一飛曹のことだったのです。松ちゃんに絶対に秘密だと念を押したうえで、安田兵曹が一度アメリカ軍の捕虜になったことを明かします。

クロちゃんが松ちゃんに語ったことのいきさつはこうです。
『安田一飛曹は、艦上爆撃機の偵察員で、マニラの第三一海軍航空隊に所属していた。三一空はバターン半島戡定後、連合軍最後の拠点コレヒドール島要塞の反復攻撃をくりかえしていた。このコレヒドール島の攻撃で、安田機は、地上砲火をうけて撃墜された。いっしょに攻撃に参加した列機の話では、安田機は急降下爆撃中に被弾、紅蓮の炎とともに黒煙を長くひいて墜落して行ったという』

マニラとコレヒドールは目と鼻の先なのでたとえ被弾したとしても、島外に出れば日本の占領地域。それができなかったのは、被弾したときに操縦員がやられたからだろう、と列機は報告したそうです。
安田機は自爆したことにされ、当然、搭乗員も戦死扱い。

『ところが、事実は、まさに奇蹟であった。操縦員は、無意識のうちにもスティックを引いて地上に激突、戦死してしまった。しかし、偵察員安田一飛曹は、激突時のショックで機外に放り出され、人事不省におちいってしまった』

その結果、米軍の捕虜になってしまったというのです。
のちに、コレヒドール島が陥落したときに安田一飛曹は隊に戻って来ました。

ところが――。

一度戦死したことになっている安田一飛曹が帰ってきた、しかも捕虜になっていた――。

軍としてはこれが都合が悪かったらしく、艦隊司令部預けの身とし、死に花をさかせてやろう、ということになったらしいのです。

家族との連絡も禁じられ、死を待つだけの状態にあった同期生を慰めてやりたいというのが、クロちゃんの話だったのです。
二人きりだと深刻になったときに困る、松ちゃん、同席してくれ、と。


その夜、三人は町に出て一緒に飲んだそうです。
予科練時代の話に熱中したそうです。

『安田兵曹は、ひさかたぶりに酒がうまいといって喜んだ。おたがい触れてはならない事柄は百も承知である。共通のなつかしい思い出を通じて、おたがいの友情をあたためあっているのだ。あの追浜時代の同窓生たちが、支那事変から太平洋戦争にかけて、つぎつぎと戦死していったということは言外にふくめて、わたしたちは予科練時代の思い出話に花を咲かせた。安田兵曹は大いに飲んだ。中西クロちゃんも飲んだ。私も飲んだ。しかし私は酔えなかった』

『安田一飛曹が、その後まもない南太平洋海戦で、みごと戦死したと知ったのは、ずっと後のことである。安田兵曹の霊よ、やすらかに眠りたまえ!』




中西クロちゃん。
予科練時代・操偵適性検査か? 
(詳しい人に聞いたところ、後ろの機体は3式初練じゃないか、とのこと)

予科練時代を共に過ごした同期生は特別なんだと思います。

そんな友が、大変困難な状況に置かれているのを知って、クロちゃんはいてもたってもいられなかったのでしょう。
しかも同じ艦爆操縦員。他人事ではなく、明日は我が身。

クロちゃんが誘ってくれたことは前田兵曹の慰めになったことと思います。







ところで――。

最近、この部分を読み返しました。
それでも気づかなかったおバカさん(-_-;)

今日、この記事を書くために、安田兵曹の行動調書を確認し、初めて気づいたのですが。

安田兵曹の操縦員が9期の香川数郎さんだったことに――。


いや、31空と聞いて、
「ああ、9期生もいるなあ」
とは思ったんですよ。
でも、まさか、安田さんが捕虜になったときに同乗していて戦死した操縦員が香川数郎さんだったとは。

香川さんの戦死時の行動調書はちゃんとファイルしていますが、特別なことがない限り、ペアの搭乗員の経歴までは把握していません。
「特別なこと」というのは、ご遺族の方と連絡がついたり、今回のように特別の調べ物をしたときとか。

香川さんの戦死時の行動調書によれば、
17年3月15日
ダニヨン海峡敵船舶捜索

1420 一番機被弾によりセブ南端不時着大破沈没す

操縦 香川三飛曹 戦死
偵察 安田一飛曹 行方不明

被弾に依りセブ南端海上に不時着大破沈没



フルネームではないのですが、戦死年月日、所属航空隊などからこれが香川数郎さんの戦死時の行動調書と判断しました。
手記では「地上砲火をうけて」となっているのも、行動調書からは敵船舶からの反撃の砲火で被弾したように感じます。
「地上に激突」ではなく「海上に不時着大破」です。

このときの偵察員がクロちゃんと松ちゃんがトラックで飲んだ「安田一飛曹」だろうと思います。

香川さんのことはまだここに書いていません。
お顔は・・・・たぶん、この人だろうとお一人に絞り込めているのですが、もうひとつ何か欲しいので保留にしてあります。




安田兵曹の最期に関しては、わたしは確認できませんでした。

※画像はご遺族ご提供
松浪清『命令一下、出で発つは』光人社NF文庫