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乙6期 中西義男さん12014年09月11日 13時16分37秒

5月に土浦の慰霊祭で、某戦史研究家さんに紹介してもらった乙6期・山岸昌司さんの姪御さんとは、現在も頻繁に連絡を取り合っています。

9期生関係のこともあるし、9期生以外のこともあるし。

そんな中で、
「ママさんのけっこう近くに、6期の中西義男さんの弟さんがいらっしゃるけど、会いますか?」
とのお話が。

お話が聞けるのであれば聞いてみたいけど、6期生だとわたしから何か情報提供できることはないし、わたしに会うために時間を割いてもらうのは申しわけないなあ・・・・と思いつつ、
「お話が聞けるなら、聞いてみたいです」
と、お返事しました。

会えるように骨折ってくださっていたので、
「お話を伺うからには、その中西義男さんの戦歴とかちゃんと把握しとかんとな」
と思い、知人からもらっていた予科練名簿で中西義男さんを検索しました。


戦死日が「18年6月16日」で、戦死時の所属航空隊が「582空」。


「ん? 582空の中西?   えええっーーーー!!!!」
って叫んでしまいました。


よく知っている人でした。

いや、もちろん、わたしが勝手に知っている人のつもりでいるって話ですよ。



ずいぶん前に読んだ手記ですが、乙7期の松浪清さんという582空艦爆隊の先任搭乗員、偵察員なのですが、この人が戦後に書かれた『命令一下、出で発つは』という光人社NF文庫があります。

記憶が定かではないですが、西澤さんの同期の人だー、しかも同じ時期にソロモンで戦っている――ということで買って読んだのだと思います。

その手記に、登場していました。
『中西一飛曹(当時)は色黒で痩せ型だが機敏な男である。私たちは陰で、彼のことをクロちゃんと呼んでいた。彼は要領のいい男で、ずるがしこいところがある。うっかりすると、つい彼に騙されることになる。用心、用心。彼が、「おい、松」と呼ぶときはいいが、「おい、松ちゃん」と猫なで声で呼びかけるときは、警戒が肝心である』

他にもエピソードがいろいろ紹介されているのですが、かなり個性的なキャラです。
人情家でもあり、大阪人らしい軽妙なところもあり。

これを読んで、わたしも勝手に「中西クロちゃん」と呼んでいました。
※582空艦爆隊にはもう一人「向島クロちゃん」もいる。乙10期出身の操縦員、向島重徳2飛曹。
もちろん、どちらも色が黒いからクロちゃん。


「6期生か~、雲の上の存在だな~」と思っていた中西義男さんは、数年来の知人(?)「中西クロちゃん」だったのです。


事前に弟さんからお電話があり、待ち合わせの打ち合わせをしたときに、
「クロちゃんの写真を見せてほしい」
とお願いしておきました。

松浪さんの手記には、集合写真はありましたが、クロちゃんのお顔がはっきりわかる個人写真がなかったので。

中西クロちゃん。

いつの撮影かは不明だそうですが、実施部隊に出てからでしょう。

春海の季節、終わる(´・ω・`)2014年09月11日 22時40分26秒

我が家のクロちゃん、ますます黒さに磨きがかかっております(´・ω・`)



今日は、今シーズン最後の水泳の授業だったそうです。

昨日の授業でクロール25メートルのテストが終わっていたので、今日は平泳ぎをやったそうです。

先生、
「水泳部ー(^o^)/」
春海、
「はーい」
先生
「平泳ぎのお手本を泳いでください」

で、みんなの前で泳がされたそうです。

って話を帰宅後、ドヤ顔でしていました(笑)



次回から体育は陸上だそうです。

運動会があって、マラソンがあって・・・・と、これから春海にとっては冬の時代です。

足遅いし、持久力ないし、体硬いし、リズム感ないし。

また来年の夏まで。。。。冬眠。。。。(・ω・)ノ