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乙9期 池田和義さんの遺影2013年12月02日 10時21分48秒

先日書いた、9期生のご遺族の方が写真を送って来てくださった・・・・というのは、艦爆操縦の池田和義さんです。

画像の公開に関しても快諾いただきました。


池田さんは大正11年生まれだそうです、静岡県出身。
6人きょうだい(男4人、女2人)の次男坊。
お父さんも海軍軍人だったようで、本人も学校を出たらすぐに予科練へ。

1学年時は羽藤さんや石川さんと、班は違いますが同じ分隊です。
集合写真、一緒に写っているのがたくさんあります。

操偵別れてからも縁があったのか、羽藤さん・石川さんと同じ班。※石川さん所有写真
池田さん・前列右端。
羽藤さん・前列左端、石川さん・その右。

飛練に進んでからも縁があったのか、羽藤さん・石川さんと同じ谷田部。


その後は羽藤さんは大分で戦闘機。
石川さんと池田さんは大村で艦攻、木更津で中攻――と、ここまで一緒。

石川さんと池田さんは13年6月に予科練に入ってから、16年10月末に飛練終了するまで一緒ですから、付き合い長いですね。

石川さんは中攻の操縦の員としてそのまま実施部隊に出ますが、池田さんは艦爆操縦に転科。数か月転科教育を受けたのちに実施部隊に出たものと思われます。

そのころと思われる写真がこれ。
※雄翔館

一緒に写っているメンバーが、同じく中攻から艦爆に転科した和田邦介さん(愛媛)と村田耕一さん(山口)なので、転科教育中か、卒業記念ではないかと思っています。
和田さんと村田さんはその後すぐに亡くなっているんですけどね・・・・。

和田さんは1学年時の分隊は違いますが、飛錬谷田部、その後大村、木更津、艦爆転科とずっと一緒。
村田さんも1学年時同分隊、飛練も谷田部、その後、大村、木更津、艦爆転科まで一緒なので付き合い長いです。
仲良しだったのかな。



こんな感じで、池田さんの写真はようけ見ていたので、知らない人のような気がしない(^^;)





今回送っていただいた写真です。
操偵適性検査。

写っているのは顔ぶれから後ろの分隊(9~16班)。
飛行機に詳しい人に見てもらったら写っている飛行機は3式初練だとか。
飛行機はわからないので、わたしは写っている練習生の方を検討します(^^;)あとで。


弟さんと。

軍帽のペンネントは「霞ヶ浦海軍航空隊」、階級章は「2等航空兵」。
14年8月1日から15年5月30日まで。一種軍装なので夏を除く。



飛練・谷田部のペア写真。

前列左から西山昇さん(兵庫、艦爆→中攻)、教員、新井正美さん(兵庫、戦闘機)
後列左から池田さん、不明(たぶん○○さんだろう、という段階)、鹿島長重郎さん(神奈川、中攻)

この写真のおかげで新発見があったのでまた後ほど(^_^)

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