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百里基地 501飛行隊2013年07月13日 10時58分13秒

501飛行隊は偵察隊です。
ファントムの偵察機型RF4。迷彩で、尾翼にウッドペッカーが描かれています。

ここはエプロンでの見学。
写真撮影もまあほぼOKだったのですが、「ネット公開はちょっと・・・・」とのことで、例の茨城空港の公園のRF4さんに代理出演してもらいます(^_^;)

↑このRF4は機首下がバルカン砲っていうんですか?武装ついていますけど、わたしが見学した機体はここに機銃はなく、カメラの窓がついていました。




説明してくれた1尉さんは、新田原に行く直前に本棚から発掘した『航空ファン』「特集日本のファントム」の501飛行隊特集ページでインタビューを受けている方でした。

ひととおり機体周りを説明してもらったあと、ここでも、
「操縦席、乗ってみますか?」
という甘い誘惑(笑)

「い、いえ・・・・やめときます」

あまりに暑くてですね・・・・(^◇^;)

F4は格納庫だったから冒険したのですが、RF4の方は炎天下のエプロンだったので操縦席は遠慮しました。出入りの際にクラッとして下に落っこちたら大変だと思って。

なので、ハシゴを上って中を覗かせてもらうだけにしました。

F4戦闘機との違いを中心に説明してもらいました。



最後に、1尉さんと機体の記念撮影&そこに自分も加わってツーショット♪

それから、ちょっと恥ずかしいけど「ワッペンとキャップ撮らせてください(*^_^*)」





501飛行隊でした(^o^)

九頭龍神社2013年07月13日 22時26分07秒

7月6日。

九頭龍神社にお参りしてきました。


17年3月22日、当時4空の搭乗員だった山﨑市郎平3飛曹がマーカム川上流に被弾不時着した際・・・・。

(翌23日) 真っ先にこたえたのは、腹がへっていることだった。フト思いついたのは、産土神、九頭龍神社のお守りと一緒に郷土の女子青年団より貰った千人針の中に、栗一箇とくる身一箇が入っていることだった。

千人針はこのとき身につけていたことは間違いありません。
お守りも、おそらく常時身につけていたんだろうなあと思っています。

今回、ご実家で見せていただいた山﨑さんの「遺品明細目録」の中に、「千人針」の記載はあったけれども「御守」の記載がなかったので、お守りは出撃時に身につけていたのではないかと想像しています。
「目録」の記載は、兵舎に遺していったもののリストでしょうから・・・・。



お守りを持っていたというだけではなく、九頭龍神社は山﨑さんにとって縁深い神社だったようです。







神社の社務所は、少し下ったところにある旅館が兼ねていました。
そこにも寄ってもらって、お守りをいただいてきました。




山﨑さんが持っていたお守りとは違うものだと思いますけどね。
なんだか御利益ありそう。

不時着しないに越したことはないがー(^_^;)