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『伝承・零戦空戦記 零戦の死闘[天王山の戦い]』2010年08月17日 13時10分47秒

立ち読みしたときに、目次を見てまず目に飛び込んできたのは、
「空戦の神様西沢広義・南溟の空に散る」
という手記のタイトルでした。
「元台南空飛行隊長・海軍中佐 中島正」
が手記の書き手。

「あ~あ・・・・(-_-)」

どれどれ。

手記の前半は、例の17年8月7日のツラギへの陸攻隊直掩時の話。

中島さんは手記に、
『西沢一等飛行兵曹も零戦隊の小隊長として、この編成の中にあった』
と書かれていますが、現在残っている当日の編制表によると、西澤さんはこの日の指揮官であった中島飛行隊長の2番機として出撃しています。隊長の用心棒ってところでしょうか。

ガ島上空での空戦が一段落した段階で、中島さんはすぐ近くを飛んでいる西澤機の異状に気づきます。
『西沢機の胴下部に、ベットリと潤滑油が流れている』

どうやら潤滑油系統のパイプかタンクに被弾した模様・・・・。

ガ島からラバウルまで片道3~4時間。
潤滑油がなければエンジンが焼きついてしまうのだとか。

『わたしは手信号で「潤滑油が洩っている、単機で至急ラバウルに帰れ」とつたえたが、西沢一飛曹は意味がよくわからないと見えて、首をかしげてニヤニヤ笑っている』

西澤さんの生死の瀬戸際に大変申し訳ないのですが、このシーン、つい実写版で想像してしまって笑ってしまいました。
潤滑油べったりの零戦の操縦席でニヤニヤと笑っている西澤さんがありありと想像できてしまったんです。不敵すぎるっ(>_<)


西澤さんが中島さんに対してニヤニヤしている間に、再び敵機が現われて乱戦状態に。
西澤さんは中島さんの視界から消えてしまいました・・・・。

空戦が終わり、西澤さんのことを気にしつつ、中島さんは単機でラバウルに帰投。
なぜか西澤さんは他の搭乗員たちと共に、先に無事ラバウルに帰っていました。
中島さんは『西沢一飛曹もニコニコと私をむかえている』と書いていますが、おそらくここでも西澤さんはニヤニヤしていたものと思われます。
「帰って来ちゃったぜ」
って感じ?

「なぜ早く帰らなかったか」
と中島さんに聞かれて西澤さん、
「どうせ帰れぬものなら、敵機を落とすだけ落として自爆しようと思って反転した」

ということは、とにかく潤滑油が洩っていることは現場で認識したわけで。

帰れぬと思ってやけになったのかどうかわかりませんが、この日の西澤さんの撃墜機数は行動調書によると「グラマン戦斗機×6」・・・・。

「敵がいなくなって、ぶつかる物がないのでしかたなく帰ってきた」
らしいです(^_^;)
敵は勝手にいなくなったのではなく、あなたが・・・・!?

まあ、とにかく、西澤さんは中島さんに叱られたのでありました。



それにしても、潤滑油が洩っていてもガ島からラバウルまでしかたなく帰れる栄エンジン恐るべし!?

いや、空戦の神様・西澤1飛曹のなせる神ワザ操縦ゆえでしょうか!?



(※以前コメント欄で紹介していただいた話によると・・・・”野郎”は中島さんの手信号の意味がわからなかったのではなく、「お前もうオイルが洩ってダメだから自爆しろ」と指示されたと誤解して敵機の方に引き返していった、とか・・・・中島さん談)