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18年6月7日 ルッセル島上空の空戦2010年02月13日 16時13分19秒


251空の零戦22型
18年6月7日のルッセル島上空の空戦後、251空戦闘機隊搭乗員の間でかわされた会話―。
(大野竹好中尉手記・零戦搭乗員会編『零戦、かく戦えり!』文春ネスコ)

『「おい、二○四空は戦果一八機だとよ。それに、五八二空が八機だ。何と言っても、うちが一番豪勢だな。二三機だもんなぁ」
「てめえ、威張れた義理じゃねえぞ。近藤分隊士に助けてもらってなきゃ、てめえなんざ今頃六神丸じゃねぇか」
「何だい、その六神丸てぇのは」
「六神丸をしらねぇのか。おろくじのことよ。より容易なる用語をもってこれを表現すれば、くたばることよ。わかったか、朴念仁」
「酷えことぬかしやがる。てめえだってぼやっとしてるからケツに一発、十三ミリを食らったじゃねえか」
「あれ、知ってやがったか、しまった」
「大体、偉大なる味方の戦果を祝福している俺に対して文句を言う奴があるか。てめえルーズベルトから何か貰ったのか」
「悪かったよ。謝る、謝る。だけど、何だな。この間のルッセル島上空の空中戦じゃ、三九機撃墜だろ。今度、また四九機、合わせて八八機だ。敵さんも楽じゃなかろうな」

搭乗員たちがしゃべっているのを聞くと、時々吹き出したいような可笑しみが込み上げてくる。まだ二○前後の子供達が、一人前のやくざなこまっしゃくれた口をきくのも可笑しかったし、突拍子もない新語を発明する点では、一般に誠に優れた才能を彼らは持っていた。しかし、毎日の戦いに彼らの戦友の幾人かずつを失ってゆく生活の中にあって、軽燥とさえ思われる彼らの明朗さは、一面涙ぐましいものを感ぜさせる。少なくとも彼らは帰らざる戦友に対して甚だしく冷淡を装っている。それは同時に自分自身の生死に対して冷淡であることにほかならないからだ』
(一部、漢字をひらがな表記にあらためて記載しています)


18年6月7日
                 被害                戦果(確実18、不確実5)
大尉  向井一郎     機体沈没 空戦被弾
2飛曹 増田勘一     自爆確認
2飛曹 福井一雄     機体大破 被弾多数            P38×1

中尉  香下孝
2飛曹 松吉節      未帰還
2飛曹 関口俊太郎   未帰還

上飛曹 西澤廣義                              F4U×1、P39×1
2飛曹 安藤宇一郎                            F4U×1
2飛曹 甲斐正一                             P39×1

中尉  橋本光輝    機体中破(潤滑油パイプ13ミリ1発)   G36×1
1飛曹 遠藤桝秋    未帰還                    P40×1
2飛曹 宮本公良    左翼7.7×1                F4U×1

飛曹長 大木芳男
2飛曹 八尋俊一
2飛曹 秋本正富

上飛曹 田中三一郎
2飛曹 塚本秀夫
2飛曹 小竹高吉

中尉  大野竹好                            P40×1協同
1飛曹 石崎博次                            P39×1
2飛曹 松本勝次郎                          F4U×1

中尉  林喜重                             P39×1
2飛曹 米田忠                             F4U×1不確実
2飛曹 中島良生    自爆

飛曹長 近藤任                             F4U×1不確実
1飛曹 辻岡保      被弾13発
2飛曹 直島喜文                           F4U×1不確実

中尉  大宅秀平                           P39×1、P3■×1
2飛曹 山本末廣                           P38×1
2飛曹 深町豊      自爆                      P39×1

少尉  磯崎千利
2飛曹 池田市次                            P39×1
2飛曹 中西貢

1飛曹 山崎市郎平                          F4U×3
2飛曹 国広欣弥
上飛  佐々木政二                          F4U×1


【戦果】
搭乗員たちの会話に出てくる「戦果二三機」・・・・内訳は撃墜確実18機、不確実5機、らしいのですが、編制表の戦果を見ても、不確実は3機。他2機の不確実がわかりません。もしかしたら、自爆した遠藤兵曹と深町兵曹の戦果が不確実に入れられているのか?

それより、大野中尉の協同撃墜を入れると24機になってしまうので、これを除いて23機かな?
戦果部分は小さい文字でごちゃごちゃと書き込まれているので、わたしの判読間違いがあるかもしれません。↑ここからの引用はしないでください、ってことで。
橋本中尉の戦果「G36」って読めるんですけど、調べたけれどどんな飛行機かわかりませんでした。


【被害】
大野中尉の手記に書きとめられている搭乗員の会話。
そこに「近藤分隊士に助けてもらってなきゃ、てめえなんざ今頃六神丸じゃねぇか」という発言が出てきます。危うく六神丸になりかけた冒頭の発言者は、編制表で「被弾13発」、しかも近藤任飛曹長の2番機である辻岡保1飛曹である可能性大です。

「ケツに一発、13ミリ食らった」のは誰かわかりません。
編制表で被弾が確認できるのは辻岡兵曹以外では「福井2飛曹 被弾多数」「橋本中尉 潤滑油パイプに13ミリ1発」「宮本2飛曹 左翼7.7ミリ×1」。
宮本2飛曹は左翼に7.7ミリ1発なので、違う・・・・。
橋本中尉は13ミリ1発を受けているけれど、辻岡兵曹が橋本中尉に向かって「てめえだってぼやっとしているから」なんて言うはずがないので、違う・・・・。
消去法でいくと「被弾多数」の福井2飛曹でしょうか?




大野中尉の手記引用部分とは関係ありませんが・・・・。
この日、帰ってこなかった搭乗員――遠藤桝秋1飛曹、増田勘一2飛曹、松吉節2飛曹、関口俊太郎2飛曹、中島良生2飛曹、深町豊2飛曹。

遠藤桝秋1飛曹
台南空から活躍している遠藤桝秋兵曹・・・・
編制表では「未帰還」になっていますが、大野中尉は手記の別の部分にはっきりと「自爆」と書いています。さらに、

『遠藤一飛曹はP-38一機を追い詰めて撃墜した瞬間、急を救わんとがむしゃらに前上方より襲いかかってきた敵P-39をかわし得ずと見るや、猛然と体当たりを敢行、自らも微塵と砕けて散った』

手記中にこのような記述もあることから、人づてに「自爆」と聞いたのではなく、大野中尉自身が遠藤兵曹の自爆を確認したのではないかと思われます。
たぶん、編制表の記述の方が間違っているのでしょう(撃墜した機種も違っている)。



冒頭に引用した部分は、本田稔ほか『私はラバウルの撃墜王だった』光人社に収録されている大野中尉の手記ではカットされている部分です。

この部分、戦場で戦っている若い搭乗員たちの日々の心情、また、それを兄のような目線で見つめる大野中尉の心情などがわかって、とても胸に迫ってくるシーンです。
どうしてカットしてしまったのか、とても残念です・・・・。


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