Google
WWWを検索 ひねもすを検索

おれについてこい2009年01月23日 07時16分43秒

杉田庄一さんというのは日本海軍の中で一二を争う撃墜王。
あっ、もちろん、杉田さんと一二を争っているもう1人は西澤さん、ということで。

残念なことに20年4月15日、鹿屋に来襲した敵機を、完全に不利な状態から迎え撃とうとして、戦死されてしまいました。亡くなられた時、まだ21歳、だったかな?

この杉田さんのことに関して、
「おおっ!! さすが撃墜王!」
という話を聞かせていただきました。

ただし、メモもとらず、ただボケッと聞き惚れていたので、細部において聞き間違いをしているかも知れないし、ママ妄想が入り込んでいるかも知れないことを最初にお断りしておきます。というわけで引用厳禁。

Kさんが杉田さんの列機になってまだ間もない頃の話だと思うのですが(もうすでにここから話があやしい・・・・すいません)、あるとき、零戦で飛行中、P38数機と遭遇しました。

P38と言えば、杉田さんにとって宿敵というか、因縁の相手。
―18年4月18日、ブーゲンビル島ブインの飛行場に向かう山本五十六長官の乗った一式陸攻を護衛していた204空の6機の零戦のうちの1機、これが杉田さんでした。
ご存知のように、長官機は、暗号を解読して待ち伏せしていたP38に襲われました。直掩機の奮戦虚しく陸攻は撃墜され、長官は戦死。

・・・・というのは、余談です。

それから1年以上経ったある日、P38と遭遇した杉田さん。そのときの高度は5~6000メートル(だったと思う)。
Kさんが、「どうするんかいなー」と思っていると、一番機・杉田兵曹はP38の目の前で突然ガーッと急降下。2000メートル付近まで一気に急降下していきます。

杉田さん、宿敵P38を目の前にして、急におそれをなして逃げ出したか!?というと、そうではありません。

追ってきたP38を2000メートルの高度で縦の巴戦(旋回戦)に引き込んだのです。

Kさんによると、5~6000メートルというのはP38の得意高度。逆に零戦は2000メートル付近が絶好調らしいのです。
しかも「縦」というのがまたポイントらしく、横の旋回はP38も得意らしいのですが、縦の方はどうも苦手らしいのです。

旋回しながらすぐにP38の背後に回りこんだ杉田さん。
おそらくP38の操縦士はあまりベテランではなかったのでしょうね。まんまと杉田さんの作戦にはまり、お気の毒なことになってしまいました。

彼我の長短を知り尽くし、またそれを実戦で巧みに応用できる杉田さん、かっこよすぎですよね~(>_<)

ただがむしゃらに突っ込んでいくのがよい戦闘機乗りではないのですね。やはりそれなりの戦果を残している人は緻密です。私生活のエピソードが多少豪快でも、空戦ではいろんなことを計算し尽くして緻密に臨んでいる、という感じです。

1番機の杉田さんがKさんたち列機に望んでいたこと。
「思う存分暴れて、1機でも多くの敵機を撃墜しろ」
ということではありません。

「とにかくついてこい、おれから離れるな」
ということでした。

おっ、西澤さんも同じことを言うてたなあ・・・・。
1番機(小隊長)というのは、自分は目の前の敵を相手にしながら、後ろについている列機のことも気にかけないといけないわけで・・・・。これは至難の業ですねー。でも、これができて初めて列機に信頼される1番機になれるのでしょうね。

列機は杉田さんのことを尊敬し、信頼し、必死でついていったようです。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック