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この人はだれ?2008年10月30日 09時58分43秒

左:『日本海軍戦闘機隊』、右『日本海軍航空隊のエース』
先日、ここで取り上げた台南空下士官搭乗員の集合写真。

あのときは「搭乗員の氏名は全員あっているものと仮定して」話を進めてしまいましたが、さっそく齟齬が生じてまいりました。

『日本海軍航空隊のエース』で、「熊谷賢一3飛曹」とされている最前列真ん中の人ですが、同じ本で、同じ人の拡大写真が「岡野博3飛曹」として紹介されていました。あれ?

上の画像、右側の人です。

どっちが本当だー?
本を作った時にこの矛盾に気づかなかったのかな?

たしかに岡野3飛曹も17年6月、7月、台南空に在籍しているので写っていたとしてもおかしくはありません。
ママがあやしいとにらんだ「6月9日・ラエ」も、その日その場にいたようなので写っていてもおかしくありません。

あの集合写真のあの人はいったい誰?
熊谷3飛曹の顔がわかる写真ってみたことがないので、熊谷3飛曹側からの確認はママには無理です。

じゃあ、岡野3飛曹。
『日本海軍戦闘機隊』エース列伝。真正面から、結構顔の造作がよくわかる感じで写っています(上の画像左の人。絵はちょっと怖いけど、写真はもっとかわいげです、ごめんなさい)。
集合写真の人と同じ人かなあ・・・・? 輪郭がふっくらしているところはよく似ているような・・・・。

あと、飛行帽のかぶり方や、マフラーの巻き方がよく似ています。
「そんなん、偶然とか、その日の気分とかあるやろう!」
と思われるかもしれませんが、ママが見た感じ、結構、搭乗員によって好みがあって、飛行帽の耳当てを左だけ跳ね上げる人、ダラッと垂らしたままにしている人、また、マフラーも、顎までブカブカに巻かないと気が済まない人(西澤さん)、岡野さんみたいに巻いてない人・・・・個性が出るように思います。
もちろん、その日の気分によって違う装着方法をしている時もあると思いますが。それぞれに「好み」はあるんだと思います。

集合写真の「熊谷賢一3飛曹」、「岡野」説の方があっているような気がします。

もし、これが岡野さんだったら、その他の人もやっぱりちょっとあやしいかも?

岡野さんは終戦直前は343空戦闘701の所属だったらしいので、そこで直接岡野さんをご存じの方がいれば確認してもらえるかな?

岡野さんだとすれば『台南空下士官搭乗員(2)』のほうに書いた、戦後まで生き残ったのは坂井さんと石川さんだけらしい、というのは訂正しないといけないということですね。岡野さんも加えて3人です。