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柿崎中尉との出会い2008年09月23日 20時50分36秒

『あゝ回天特攻隊』の著者の横田寛(ゆたか)さんは甲飛13期から回天搭乗員になり、3度出撃したものの、回天発進の機会なく終戦を迎えられた方です。

必死兵器の搭乗員に志願し、回天搭乗員になり大津島、光と、出撃に向けて訓練を続けます。

最初の隊長は海兵73期の三好少尉でした。
部下にも慕われた隊長さんでしたが、出撃目前、訓練中に事故で殉職してしまいます。

急遽、横田兵曹と同僚の新海兵曹は新しい隊長を迎えることになりました。
それが海兵72期の柿崎実中尉でした。

『柿崎中尉以下四名といえば、大津島の誕生当時から訓練をうけてきた人たちだ。回天出撃第一陣のうちの、最後に残った四人なのだ。アドミラルティ突入失敗いらい、身をもって航行艦襲撃の必要性を説き、そのまっ先に実験台になってきたベテランである。ここ一ヶ月ぐらいの速成搭乗員であるわれわれとは、まったくちがう』
横田兵等も新海兵曹も、ありがたいが大変なことになってしまった、と思ったそうです。
三好隊長のときのメンバーは、一緒に訓練をはじめ、一緒に育ってきたメンバーでした。それが、今度はいきなりベテラン陣の中に放り込まれてドキドキしたようです。

そして、翌日、横田兵曹と新海兵曹は柿崎中尉との対面の時を迎えます。
『士官室で三谷大尉に紹介されて、新海とふたり固くなって挨拶する。微笑をたたえながら、ふたりの顔を見ていた柿崎中尉は、上官とは思えないほど、びっくりするくらいていねいな答礼をした。
「こちらもよろしく願います」
これにはいささかびっくりしてしまった。伸ばしほうだいに伸ばして、後ろになでつけた頭髪は、肩近くまで垂れさがり、仙人のような感じがする。温和な表情ではあるが、見るからに精悍な目つきである、三好隊長よりも兵学校では一期上級だと聞いていただけで、しゃべったことも、もちろんない。呉潜基戦訓研究会で爆弾発言をした人という先入観から、どんなにきつい人が現れるだろうと思っていたものだから、あまりにも静かなもの腰なので拍子ぬけしてしまったのである。
「あと二、三日で、四十七潜がはいるはずだから、それまでに書き残すものは書いて、私物などは全部整理しておいてください。いま、三谷大尉から聞いたのだが、ふたりとも当隊きっての腕ききだそうだね。きょうは薄暮訓練があるそうだから、ひとつ追躡させてもらいましょう」
「はい、お願いします」』
柿崎中尉は穏やかな人で安心したのですが、さっそく訓練を見学されることになって、2人は緊張します。
へたくそなところを見られたら、柿崎中尉は連れて行くのに心もとないだろうし、せっかく「当隊きっての腕利き」と紹介してくれた三谷大尉の顔をつぶすことになります。
洋上を動いている目標に対して突入する訓練だったのですが、なんとか無事にすませることができました。
柿崎中尉から何点が注意されたのち、
「まあ落第じゃない」
と言ってもらえたそうです。
『襲撃時のいろいろな注意を聞き終わって帰ろうとすると、柿崎中尉に呼び止められた。
「おい、ちょっと待て。今夜は夕食を六人いっしょに食おう。従兵に特別にたのんでおいたから、あとで俺のところへこい。四人そろってだぞ。ビールも一本あてだ」
心配していた失敗もなかったので、意気揚々と引き揚げる。現金なもので、いっぺんに元気が出てしまった』

最初の出会いから、柿崎隊長が戦死するまで約一ヶ月・・・・。
横田兵曹にとって、柿崎隊のメンバーは終世忘れがたい人たちになっていきます。


参考:横田寛『あゝ回天特攻隊』光人社NF文庫