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今日のプール2008年09月13日 16時40分11秒

今日は「本格的なスイミングスクール」の日でしたが、取り立てて書くようなことはありません。

しいていえば、春海のクラスのふざけは今日も前回と同じ子。しかも、コーチ、今日も注意している様子なし。
準備運動中に1人だけプールサイドに行き、足で水面を蹴って遊んでいるし、授業中はビート板で皿回ししたり、回転させながら真上に投げ上げたり。
コーチが説明をするときは生徒をプールサイドに座らせ、コーチはプールの中で説明をしているのですが、そのときも、その子は水をすくってコーチにかけていた。
どーなっているんかね、あそこ。
おい、そこの男児。同じことをシノ先生にやってみなさい。どんな恐ろしいことになるか・・・・(゜o゜)コワッ

ここは春海の華麗なるオリンピックへの道を書く場所であって、ふざけ生徒の実態とそれに対するスクールの対応をぶちぶちと書くための場所ではないんですけどね(怒)。

251空搭乗日数ランキング2008年09月13日 20時40分06秒

命をかけて戦ってくれていた搭乗員で、こんなランキングを作るなんて失礼極まりないと思いつつ、せっかく勤怠表を作ったので数字を出してみました。
数字を出してみたら、どうにも公表したくなったので、公表することにしました。

☆搭乗日数の多い順ベスト10☆(18年5月14日~8月31日)
1位  50日 岡村栄2飛曹(乙12)
2位  48日 米田忠2飛曹(操練56)
3位  43日 秋元正富2飛曹(?)  8月30日戦死
4位  41日 西澤廣義上飛曹(乙7)
          栗山九州男2飛曹(乙12)
6位  40日 林喜重中尉(海兵69)
7位  39日 中島章吾上飛(?)
          宮本公良2飛曹(乙12) 8月24日戦死
9位  38日 八尋俊一2飛曹(?)
10位 37日 南田覚上飛(?)

お断り
昨日も書きましたが、この統計は空戦が予想される大きな出撃も1カウント、基地上空の哨戒も1カウントなので、搭乗日数だけでその搭乗員の仕事ぶりが評価されるわけではありません。
ただ、上の搭乗員たちは病気・怪我などであまり長期休養もせずに働いてくれていた、ということはいえるのではないでしょうか。

ぱっと見て、ミーハーなママがあまり知らない人たちの名前が・・・・。
岡村兵曹、秋元兵曹、中島上飛、宮本兵曹は、正直言って、いままで名前すら知りませんでした<(_ _)>。
251空の実質的功労者です。今後は覚えておきます。

米田兵曹は台南空からの生き残り搭乗員です。
搭乗割を見ていると、よく林中尉の3番機で飛んでいます(3番機は小隊長の護衛的役割もあるらしいです)。きっと、技倆優秀だったのでしょう。
このあと、林中尉や西澤さんたちと一緒に253空に移って、そこでも元気いっぱい働いています。
杉野計雄さんの手記によると、翌年の2月に大分空(練習生に戦闘機の操縦を教えている航空隊)の第3分隊先任教員をしていたらしいです。
いつまで内地にいたのかわかりませんが、19年12月25日、フィリピン、クラークで敵機の邀撃に上がり、戦死。

西澤さんのことはもう、書きません。
栗山兵曹と八尋兵曹、南田上飛は西澤さんの列機で飛んでいる人たちです。別に固定メンバーではないと思いますが、結構、同じ小隊で飛ぶことが多いようで、西澤さんが出れば、自然、ついて出ないといけない配置だったのでしょうか・・・・?

林中尉は、のちにあの343空戦闘407の飛行隊長になる林さんです。
はじめて着任した隊で、上の人たちがバタバタといなくなり、後半はもう実質的に飛行隊長状態です。
あれ? 251空って、6月30日に飛行隊長の向井一郎大尉が戦死されてからはどなたが飛行隊長なのですか?
いままで気にならなかったけど、いま、書きながら急に気になりだした。

というわけで(何が?)、251空元気者ランキングベスト10でした。
(注:いい加減な統計なので、決して引用しないように)