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西澤さんの働きっぷりに関する一考察2008年09月12日 19時59分36秒

251空の勤怠表
航空隊の編制表というのは、ネットでも本でもよく見かけるのですが、1人の搭乗員がどれだけ働いたか、に関して、一目瞭然にわかる表は見たことがありません。

なので、以前からママは西澤さんの勤怠表を作ってみたいと思っていました。
(怠けているわけでもないのに「勤怠」という言葉あまり好きではないのですが、これしかテキトーな言葉が見つからないのであえて使っています)

で、作ってみました。
ほんの一時期分(251空:18年5月14日~8月31日分)ですが、どうせなので、251空全搭乗員分の勤怠表を作ってみました。
↑じゃーーーーーん!!!
(完全なる自己満足研究。なんかもっとひとの役に立つ研究をしろって話ですが・・・・)
全長1メートルほどあります(笑)。クリックしたらちょっとだけ拡大します。

最初にお断りしておきますが、これは素人が興味本位でやった研究ですので、データとして正確ではありません。
たとえば、同じ1カウントしている出撃でも、隊をあげての大々的な総攻撃の時もあれば、基地上空の哨戒のときもあります。
一日に何度も哨戒に上がっていることもあり、面倒くさいのでそういうのは1回しか数えていません(こらっ!)。
ですから、この研究結果を勝手に引用しないように。
(ていうか、引用されるような研究結果は出ていませんが(笑))

まず研究主題の西澤廣義上飛曹の働きっぷりですが。意外でした。
坂井三郎さんが「西澤は内臓に故障があり、しかもマラリアにかかって出撃をよく休んでいた」みたいなことを書いていた記憶があって、そういうイメージを持っていたのですが、251空時代は結構タフに働いています。

表を見たところ、「これは病欠かな?」と思うのは6月24から7月4日まで搭乗がないのと、8月24日以降の搭乗がない、この2か所だけです。
病弱だったのは台南空時代の話だったのでしょうか。
ということで、いま、台南空時代の勤怠表も作っております(^o^)!

7月の下旬から8月の上旬にかけては、連日のように搭乗しています。
西澤さんがこんなに働きものだとは思わなかった!

でも、251空は、上飛や2飛曹クラスの人たちもすごく頑張っているというのがよくわかりました。
割と早い段階で1飛曹クラスの中堅どころ(遠藤桝秋兵曹や山崎市郎平兵曹など)が次々と戦死してしまって、若手の2飛曹に連日の出撃が課せられたような感じです。

6月の上旬まではあんなにいた搭乗員が、見る見るうちに減っていって、8月上旬まで補充もないまま頑張っていた様子が一目瞭然です。
8月末には当初のメンバーが数えるほどしか残っていないような状態で、他の航空隊に編入されてバラバラになってしまいました。

西澤さんの働きっぷりに関する一考察・余談2008年09月12日 20時33分44秒

前の話の続きです。

西澤さんがどんなに働きものだったか証明するために(?)作った勤怠表ですが、面白い発見をしました。

鴛渕孝中尉(海兵68期)ですけどね。
5月24日から6月22日の間、搭乗していません。ちょっと長いですね。病気でもしていたのでしょうか。

6月23日に復帰してからは7月21日まで、指揮官先頭で元気に頑張っていたのですが、22日以降、8月末までまったく搭乗なし。

どうしたのか気になるところですが、実はこの間のことが第3者の手記に出ておりまして・・・・。
582空の主計中尉だった守屋清さんという方が書かれた手記『回想のラバウル航空隊』(光人社)に、
「私が入院したとき、となりのベッドに251空の鴛淵孝大尉がマラリアで入室していた」
という記述があります(当時は中尉)。
「じつに穏やかで礼儀正しく、真の海軍軍人に接した思いがした」
そうです。
病人になっても鴛渕さんはあくまで鴛渕さんということですね。

守屋さんが入室したのは8月末のこと。
鴛渕さんはそれまでもひと月ほど飛行機に乗っていないのですが、マラリアってそんなに長引くものなんでしょうか?
それとも、次から次といろんな病気にかかっていたのでしょうか。

鴛渕さんが病気になって一番そのしわ寄せを受けたのは林喜重中尉(海兵69期)でしょう。
士官搭乗員が次々と戦死してしまって、7月の頭には隊の一番先任が鴛渕中尉、次が飛行学生を終えて半年ほどの林中尉という状態になっていました。
鴛渕さんが7月下旬に倒れて(?)からは唯一残った兵学校出の搭乗員として指揮官先頭、連日頑張っていたのですが、8月9日、同期の大庭良夫中尉が転勤してきて搭乗割に入ったとたん、電池が切れたように搭乗割を外れてしまいました(8月末まで復帰できず)。
「過労で倒れたに違いなーーーーい!」
ママ妄想爆発です。
いや、本当に、大庭中尉と入れ替わるようにパタッと名前がなくなっちゃうんですよ。
気合いで疲れを吹き飛ばして頑張り続けると、ホッとしたとたんに具合が悪くなることってないですか?
林中尉の場合、絶対にそれです(断言)!

結論。
ラバウル航空隊は過酷だった。