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第9銀河隊2007年12月12日 10時04分05秒

宮崎基地特攻慰霊碑
昭和20年5月11日の早朝、8機の銀河(海軍陸上爆撃機・3人乗り)が、宮崎基地から沖縄の敵艦船を目指して出撃していきました。
生きて戻ることは許されない特攻出撃です。

9機の予定だったのですが、1機は修理が間に合わず出撃できず、8機での出撃になりました。飛び立った8機も、1機はエンジン不調で宮崎に引き返し、1機がやはりエンジン不調を打電後、行方不明になっています。第9銀河隊として記録に残っているのは次の6機18人です(操縦、偵察、電信の順)。

762航空隊攻撃501飛行隊
 深井 良 中尉  海兵72期
 俵  一 上飛曹 乙飛16期
 北山 博 上飛曹 乙飛16期

 鈴木圓一郎 中尉 海兵73期
 三宅文夫 上飛曹 乙飛16期
 田中栄一 上飛曹 甲飛11期

 小畠 弘 上飛曹 甲飛9期
 村上 守 中尉  海兵73期
 佐藤 昇 一飛曹 乙飛18期

762航空隊攻撃406飛行隊
 谷岡 力 上飛曹 丙飛10期
 山川芳男 少尉  予学13期
 杉野三次 一飛曹 乙飛18期

 長谷部六雄 飛長 特乙3期
 吉田 雄 一飛曹 乙飛18期
 信本廣夫 二飛曹 特乙1期

 松木 学 一飛曹 甲飛12期
 山根三男 一飛曹 甲飛12期
 伊東 勲 一飛曹 乙飛18期

かれらはいずれも二十歳前後の若者たち。
かれらにも家族がいて、恋人がいて、夢も希望もあったはずです。
「特攻命令」はかれらからそういうすべてのものを、ほんの一瞬で奪い取るのです。

かれらは「特攻出撃」を命じられてから実際の出撃まで、残された時間はほんの数時間しかありませんでした。
機材の空輸を命じられて宮崎にやってきたかれらが、どうして特攻出撃しなければならなかったのか。
「だまされた」と憤る搭乗員、「遺書を書く暇もない」と動揺する搭乗員・・・・。それでも出撃時間がくれば敢然と出撃していった第9銀河隊。

ほんの少しでも・・・・いまも沖縄の海に眠るかれらの魂の慰めになるよう、みなさんにも、60余年前、かれらがたしかに生きていた、ということを知ってもらえたらな・・・・と思います。