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弟のところに赤ちゃんが2007年10月03日 10時05分35秒

春海赤ちゃん時代
↑うちの姫の赤ちゃん時代。
弟夫婦に赤ちゃんが生まれて2週間たつわけですが。
赤ちゃんはいいですね。周囲をぱっと和やかにします。

赤ちゃんが生まれると往々にしてパパママどちらに似ているかと論争(?)になりますね。
うちの姫は「ママにそっくり」と「パパにそっくり」が8:2ぐらいでしたか。
顔の上半分がママ、下半分がパパともよく言われます。モンタージュみたいにママの上半分とパパの下半分の写真をくっつけたらおそろしい顔になると思うのですが、姫はなぜか美少女です(親から見たら)。
うちの実家サイドではどうしてもうちの血統にしたいらしく、とうとう「ばあばに似ている」という珍説まで飛び出しました。ちなみにわたしと母親は似ていません。
パパの実家サイドでは「ひでの赤ちゃんの頃にそっくり!」という発言がありましたがこれはちょっと「?」ですね。だって、パパの赤ちゃんの頃の写真って一枚もないんだもん。
とにかく、取り合いになりがちですが、弟のところの赤ちゃんはなぜか両家が「うちのに似てない」と譲り合っているようです。
最初、弟が携帯で写真を送ってきたときはパパと一緒になって「マーくんにそっくりやん♪」と言っていたのですが、数日後、病院にお見舞いに行って実物を見たらママさんにそっくりでした。
向こうのお母さんは「うちの娘の赤ちゃんの頃には似てない」と言われているようですが、現在のママさんの顔にはうり二つでしたよ?
赤ちゃんは育って行くにつれて顔が変わるので、ふっくらしてきたらまた違ってくるのでしょうが。

自己紹介学生編2007年10月03日 14時34分16秒

わたしは九州南部の県庁所在地生まれです。頭の光っている有名な知事がいるところですね。

でも、生まれて数年で父親の実家のある隣町に引っ越しました。
祖父母・父の長兄一家が住んでいた同じ敷地内に離れをつくって住んでいました。

保育園はお寺さんがやっていた私立の保育園。私立にお世話になったのは保育園だけです。親が「うちはビンボー」と念仏のように言っていましたね。
ゴルフ場のキャディーをやっていた母親の自転車の後ろに乗って通園。一度、後部車輪に足を巻き込まれくるぶし損傷。

小学校は2年までそこの町立小学校に通っていました。

小学校3年からはあの知事のいる市に再び舞い戻り、卒業まで市立小学校。

中学校は国立大学の附属中学校に行きました。

高校は県立高校の普通科。文系。

大学は一浪して関西の大学の文学部に進みました。

それぞれの学生生活に関してはまだのちほどゆっくりと。

自己紹介社会人編2007年10月03日 15時19分42秒

大学を卒業して2年間、国立の某研究所で図面描きのアルバイトをしていました。

その後、半年間だけ某市役所に公務員としてちゃんと就職しました。すぐ辞めました。

辞めてすぐに某研究所時代一緒にアルバイトしていた人が「うちの甥っ子に家庭教師してあげて」と言ってくれたので当時小学校4年生だったかれの家庭教師に。かれはもういまは社会人。
と同時に某家電メーカーのワープロ(!)の操作案内をする電話オペレーターのバイトも始めました。面接の部長に「ワープロ3級程度以上必要」と言われたのですが、そんなものないまま採用してもらいました。
部長、海のものとも山のものともわからないわたしを採用してくれてありがとう!

家庭教師はくちこみでかれのいとこ、野球仲間、その弟妹とつながっていき、のべ10人、結局10年ぐらい続けたでしょうか・・・・。
ワープロは5年やって辞めました。

いまは基本無職引きこもりです。
子供に文字を教えることすらしていません。パパが教えてます。そのおかげか、かわいらしい文字を書きます。

うんちカレンダー2007年10月03日 19時31分22秒

うんちカレンダー
お食事中の皆様、ごめんなさい!

わたしがブログを始めた10月1日、娘も幼稚園からもらってきた「うんちカレンダー」なるものをつけ始めました。
うんちの形状(?)によって「バナナうんち→みどりの○」「びりびりうんち→あかの○」「ころころうんち→くろの○」「でなかった→×」と記録しなければならないらしいのです。別に提出義務はありません。先生も見たくないよねえー。

初日、黒の○をつけていたところは見ていたのですが、その後放置。今日、ちゃんとつけているのかと見てみたら、↑のように○がいつの間にかドキンちゃんになっていました(T_T)。

それにしても「びりびりうんち→あかの○」というのは我が家にとって2年前に起きた悪夢を思い起こさせます。
娘が下痢をして、びりびりどころか血便が多量に出て、夜中に県立N病院に緊急入院しました。検査ですぐにO-157ではないとわかったのでよかったのですが、一週間隔離入院させられました。
小児病棟が満床で、最上階の特別室(シャワー・トイレ・ミニキッチン・テレビ・応接セット付き。わたしの大学時代の下宿より立派)に入院できたのですが、広いのに暖房が入っておらず、あまりに寒くて1日で音を上げて(わたしが風邪を引いた)、内科の個室に移りました。小さな椅子が一つあるだけで、そこで寝るのがつらかった・・・・。特別室の方がよかった・・・でも後の祭り。すでに他の人が入院していて、あとはずっとつらい椅子寝生活でした。
幸い一週間で退院できたのですが、あの時は本当に死ぬかと思ってびっくりしました。